世の中コロナだと外出もままならない。そんな時に暇を潰すテレビですら、ソーシャルディスタンスの観点からリモート中継だったり、ドラマも撮影が中止された事によって枠を埋めるように昔に見た再放送を始める。時期に始まるであろう新番組に出ている主人公の過去作品が流されがちだ。
 職場でもコロナ影響で仕事が減り、特に採用関係にまつわる私の部署は暇をもてあます事が多くなり、会社全体で見ても仕事量のっ減少は著しい。営業課もその例に漏れないようで、会社から積極有給取得を促されている事もあり、私と彼は合わせて有給をとり、家で暇と言いながら暇を潰そうとしているという構図だ。
「有給とかまじ久しぶり。自発的に取った覚えないわ。」
「有給なんて取る為にあるんだからたまには取りなよ。」
「その後溜まった仕事と向きあう方がうぜえ。」
 それもそれで正論だと思う。私も親に感謝するほどの健康体で、体調不良で休むことがないので有給が毎年余って何処で消化するのかを暫し悩むタイプの人間だ。彼ほどまではいかずとも、近しいものがある。
 休んだその日の午前中は、本来起きて仕事をしていないといけない時間帯にベッドでごろごろできる優越感に浸るものの、少し遅い朝食を取って昼へと時間が向かっていくにつれて通常業務の感覚に戻って何か遣り残したことはないだろうか、あれは今どうなっているのか等進捗が気になって結局気が休まらない。職場におらず見えないからこそ気になる部分も多いが、結局有給を取った日はあまり心が安らがないものなのだ。
 でも今日はあまり気にならない。それは一人ではなく、彼も同じく平日に堂々と休んでいるという共通事項があるからなのだろうか。
「仕事気にならないの?」
「何かあればかけてくんなって言っても電話かかってくるだろ。」
「あー、確かに。我妻くんとかかけてきそう。」
「言うなよ。言うとマジでかかってきそうだから。」
 適当に昼前に起きて、適度にご飯を食べる。面倒だから今日は袋麺を茹でて食べた。これだけ手抜きでも彼は文句を言わないのだから有難いばかりだ。気づきにくいところで、本当に彼は優しいなと思う。
 夕方前に二人して条件反射のようにノートパソコンを開いて今日の仕事の進捗を確認して、休んでいる意味がないからやめ様とお互いシャットダウンでなく直接電源ボタンを押してその画面を落とした。
「お前も何だかんだ言いながら社畜だな。」
「それでお給料もらってるし、仕事なくなるの怖いから。」
「もうちょっと色気のある事言えよな。」
「まだそんなの求めてたんだ。ごめん知らなかった。」
 彼はいつだって私の素っ気無い言葉に不服そうだった。けれどこれも日常だ。あわてて機嫌を取ろうとも思わなければ、少しムキになったように私に構ってくる彼を見るのがどこか好きだった。仕事で見せる側面とは百八十度違うその姿が、自分だけが知る秘められたことのようで少し気分がいい。
 リモコンでチャンネルを頻繁に変えていると、少し前に見たドラマの再放送がこれから放送されることに気がついて、私は用意を始める。休日にはアルコールとツマミが掛け算だ。冷蔵庫へと向かい、適当につまめそうなものを見繕う。
「何すんの。」
「これからドラマ鑑賞するからその準備。」
「まともに会うの二週間ぶりでそんな感じですか。淡白ですね。」
「私が急にベタベタ甘えたらそれはそれで驚きでしょ。」
 彼が何を言いたいのかは理解出来るけれど、彼が求めるほど私は素直に甘えられるタイプではないのだからいつだってこの構図が生まれる。冷蔵庫で食材を見繕う私の背中に、大きな体がのしかかる。
「スーパー営業マンの宇髄君にもビール注いであげるから一緒に見よ。」
「めんどいから取り合えず今はお前の誘いに乗っとくわ。」
「なんかいつも御幣がある言い方するよね。まあ、別にいいけど。」
 リビングへと再び向かおうとしても、背中から自分よりも大きな図体がのしかかっているのだからノシノシと効果音が付きそうな程に一歩を踏み出していく。
「天元重い。」
「愛の重みってやつ。」
 テーブルに自分の分と彼の分のビールを置いて、真ん中にツマミを置く。ツマミのうちの一つであるイカのあたり目を裂いて小さくした状態を彼の口に入れたら少し機嫌がよさそうだ。これで機嫌がよくなってくれるのであれば安いものだなと何処か安心する私に追い討ちをかけるように、「俺様がこんな安い奉仕で満足したと思うなよ。」と釘を刺されるのだからあまり思っている事を顔に出さないようにしようと肝に銘じる。
 コマーシャルが終わり、ついにお目当てのドラマが始まる。一度見たことがあるからこそ気になるという部分もあるが、見る前は不思議とあの時と同じような胸の高鳴りを感じる。
「何、お前こんなべたべた恋愛もの好きなの。」
「たまにはこういうときめき欲しいじゃん。」
「ときめきが欲しいって俺に喧嘩売ってんのか。」
 うっかり口を滑らせてしまったと思った時に、ちょうどドラマが始まり私は先ほどの言葉をかき消すように彼の小脇に身を埋める。少しばかりあざとい行動かもしれないとも思ったが、彼氏の前だけしているのだから特別問題はないだろう。彼も先ほどの言葉を許してくれたのか、私の体を包むように抱きなおした。
 コマーシャルが挟まる度に、お前はこんな男に愛されたいのか?と何度も聞かれたのだがそういう訳ではない。あくまでも他人事だからこそ、楽しいのだ。別に自分自身に置き換えてドラマを見ている訳ではなかったけれど、彼にとっては何がいいのか、何が世間でキュンとする要因であるのかを理解できないようだった。
「火曜がハグの日?童貞かよ。」
「いや、童貞なんだよ。ストーリーみてた?」
「お前本当にこんなんがいい訳。」
「別にいいって訳じゃないけど曜日限定してとか純愛でいいなってファンタジーじゃん。」
 そういって再び彼の腕が私に絡んでくるのだから何を言われるのだろうかと少し構える。思いのほか、彼は私のことに対して気にするところが多い。背景として、私があまり自分の感情のままに話すこともなく、甘えることもないのだから仕方がないと思うけれど時折ドキリとさせられることがある。
 耳元で言われたのは、あのドラマに付随しているようで、全く付随していないような言葉だった。
「俺との曜日決まりの約束作る?」
「変な所だけドラマから抽出しないでよ。」
「例えば火曜日だけ、社内のどっかでバレなようにキスするとか。」
「なにその漫画みたいなシチュエーション。積極的だなあ。」
 そう返せば、少しむっとしたように表情を顰めた彼はすぐに笑みを塗りたける。確信たるものがない限り彼はこの表情をすることは絶対似ないのだ。だからこそ、この時点で私は自分の負けを予想しながら彼の言葉を聞く。
「積極的じゃなきゃお前これから一生キスもセックスも出来ないな。」
 完全に逆手を取られたとしか言いようがない。それは彼が言うとおりだからだ。積極性もなく、自分から甘えることもできない私は待ちの姿勢で、求めていながらも彼から自主的に着てくれない限り甘えることはできないのだから。どうしようもない急所を突かれたように痛く、いつものような憎まれ口がすぐには出てこない。
「今なら許してやるからこっち来い。」
 悔しいと思いつつ、私は彼の厚い胸板へと身を寄せる。そうすれば、すぐに逞しい彼の右手が私の髪を撫でてくれる。こうして少し意地の悪いような言葉を言いながらも、すぐに私に対する褒美を与える彼は本当に心底甘い人間なのだと思う。
「俺なら毎日イベントにしてやるけどな。一ヶ月が四十八日あれば毎日楽しいんだが残念だ。」
「すけべ。」
 ドラマを見ることでときめきを吸収しようと思っていた筈が、あまりに近いところで補給が出来てしまったのだから口が裂けても本人には言いたくないと私のプライドが騒ぐ。けれど、そのプライドにも負けるくらいの今の幸せに、私は素直にもう一度彼に甘えるよう身を埋めた。

あまくないどく
(2020,07,01)