奇跡の再会というシチュエーションを、今一度私と一緒に思い描いてみて欲しい。
 さて、パンを咥えた主人公が転校生とぶつかった数十分後、教室で再会しただろうか?

 テレビ越しで何度も擦られているこのネタは、一体いつ誰が思いついたのだろうか。恋愛に夢や希望とちょっとしたエロを求めている男子中学生とかじゃないかな。あくまでこれは私の見解だ。
 誰も興味がないであろう私の奇跡の再会を、ここで言っておく。私のそれは、まるで日常の何処かに転がっていそうで、奇跡なんて言葉を付けるのも烏滸がましいものなのかもしれない。けれど、多分、現実なんてそんなもんだ。夢を観れるのは、画面越しだけ。
「えっと………もしかして、?」
 ふぉ、っと自分でも聞いた事のない声がでた。思いがけないタイミングで声をかけられたものだから、変に息を吸い込んだのか牛肉の細切れが鼻の方に逆流した。痛い。痛い、痛い、痛い。物理的にも、精神的にも、痛い。せめてまだ気管とかに入って欲しかった。
「…宮城、リョータ?」
「おぉ…そうだけど、なんでフルネームだし。」
 確かに!と、そう思いながらも、そんなところではない。痛いし、これ以上言葉を発すると鼻から出そうだ。間違っても、それが何かは聞かないで欲しい。そんな私を察したのか呆れたのか、ポケットからポケットティッシュを差し出してくれた。ポケットティッシュってこうやって使うのが多分正しいのだろうと思った。模範的だ。
「かんじゃえよ。鼻に入ってんっしょ?」
「そうだけど!言わないでよ!」
「え、あ、そか。ごめんごめん。お構いなく。」
 構って来ておいて何なんだと思いながらも、食券を持って背を向いてくれたのを合図に、彼の言う通りにした。ティッシュの中身は見ずに丸めてポケットに詰め込んだ。
 パンを咥え正面衝突をした上パンツを見られその後教室で再会、という再会ではなかったけれど、よくよく考えたらそんな再会よりは、この状況でもまだマシなのかもしれない。何事もポジティブシンキングが大事だ。じゃないと心が死ぬ。社会人になって、私がまず初めに学習した事だ。
「それ、牛焼肉定食大盛り?」
、久しぶり!とかの前にメニュー聞く?ふつう。」
「どうせ米に乗せるなら牛丼でいいじゃんと思って。」
「ほっといてください。」
 牛肉を鼻に詰まらせた恥なんて、実は大した恥でもない。序盤も序盤だ。まさか某牛丼屋でかつての同級生と再会するとは思わない。気を抜いていた、とかのレベルじゃない。想定外の出来事だ。おまけに、普段は頼まない大盛りを頼んでいる時に限ってこういう事が起こる。ロマンチックの対義語って何だっけ。
「…というより何で宮城くんがこんな所に?」
「いや、それどっちかって言うとの方でしょ。」
「ま、まぁ…いや、うん、それはそうだ。」
 こうして彼に会うのは何年ぶりだろうか。不良という訳ではなかったにせよ、清く正しい高校生だったという印象はない。ところで、清く正しい高校生って何だろうか。
「職場が近いんだ、だからたまに来るの。」
「ふ〜ん、そう。」
 聞いておいて、この反応だ。さっきから全然再会を喜べないシチュエーションだが、これは何と返事をするのが正解なのだろうか。
 困っていながらもしかし、この感じが確かに彼らしいなと妙な納得感がある。髪型こそは少しあの時と変わっているけれど、いかにも宮城くんだと分かるような眉毛は健在だ。学生時代よりも少しだけ雰囲気は柔らかくなったように見えた。社会人にもなれば、それもそうか。
「宮城くんのスーツ、なんか新鮮。」
「そっか?一応営業だから毎日これ。」
「営業か〜、なんか意外。」
「ちょっとは気とか使わない?ふつう。」
「じゃあ、ふつうじゃなくてごめん。」
 ついさっきまで小事件が重なって恥やら何やらで取り乱していたような気がするけれど、こんなやり取りをしながら案外冷静に私はまた牛焼肉定食(大盛)に着手する。とても自然で、というより自然すぎて逆に違和感しかない。本当に会うのは数年振りなんだろうか。そもそも、学生時代にこうして会話をした記憶なんて私にはない。記憶喪失じゃない限り、と付け加えておく。もしもがあったら、まずいので。
「てかと喋んの初めてだよね、なにげ。」
「よかった、私の記憶違いじゃなくて。」
「一回だけ委員会一緒になったとかそんなん?」
「あ〜、そうかも。多分それだ。」
 思春期だったからだろうか。同じ委員だった事も今思い出したくらいだけど、本当に会話という会話をした記憶がない。多分、単語を一回ラリーしたくらいだと思う。これでいい?うん。そんな感じ。これは会話じゃない、ただの確認だ。
「よく私の事分かったね、しかも名前まで覚えてた。」
「そっちだってそうじゃん。」
「バスケ部だもん。みんな宮城くん知ってる。」
 味噌汁を啜りながら、本当に他に会話した事がないか記憶を辿ってみたけれど何も出てこない。多分委員会の時の会話とも言えない、単語のぶつけ合いしかした事がない。そんな相手の事、普通覚えているだろうか。
 自分で自分のことを説明するのは些か気が引けるけれど、間違いなく私なんて彼にとっては同級生Aだ。いいとこ名前をつけても、モブ。高校三年間で特別何か目立ったことをした訳でもないし、ギャルだった訳でもない。と、思う。多分。
「こういうとこ来るイメージ、なかった。意外。」
 ふうん、と聞き流していたけれど、私のイメージなんてそもそも持っていたのだろうか。同級生Aであって、いいとこモブという称号しか付かない私なのに。さっきから感情がぐるぐるしていて、忙しい。
「たまにね。疲れてると無性に食べたくなる。」
「あ〜、なんか分かるかも。」
 宮城くんは背こそ伸びていなかったし、チャームポイントでもあって散々苦労したであろうゆがんだ眉もそのままだったけれど、なんだかとても大人に見えた。スーツで牛丼屋に入る時点で、そのイメージはミスマッチなのかもしれないけれど。
 昔に抱いていた、少し躊躇うような怖さはない。愛想がいい訳でもないけれど、この落ち着いたテンション、私は嫌いじゃない。たまに目を見て話してくれる宮城くんは、牛丼の並盛りを受け取って、私の膳と比較するようにして笑った。
「元運動部なら大盛りくらい頼んどきなよ。」
「それ偏見っしょ。」
 本来であれば反論していたのだろうけれど、想像以上に優しく柔らかく微笑む宮城くんがとても新鮮で、結局その後に続く言葉は出てこなかった。こんなにギャップがある人だっただろうか。なんだか調子が狂って、しばらく箸で牛肉を突いてみる。横で並盛りの牛丼に手をつけた彼は、私の進まない箸に気を取られたのか、覗き込むようにして斜め下の画角から私の視界に写り込んだ。
「て事はあれだ、今疲れてるんだ?」
 言われて気づいた。疲れてるのか。月曜日から金曜日まで働いているストレスとか、体力的な疲労とか、そんな疲れかもしれない。でも、今こうして想定外の再会を果たして、かつては感じなかったギャップのある宮城くんに、なのかもしれない。
「そうかも。」
 きっとこの定食を完食している頃にはスタミナがついてる筈だ。そうであって欲しい。





 宮城くんと再会してから、数日が経過した。私の日常は特に何も変わりない。あの日の、本当に局所的なごく一瞬だけがイレギュラーに非日常だっただけで、そもそも非日常なんて一過性なのだ。昔の同級生と再会をした、日常の中で残るのはただの過去の事実だけだ。

 特別連絡先を交換した訳でもなく、次の約束を交わした訳でもないのだから何もなくて当然だ。昼休み終わっちゃうからと慌てて席を立って、透き通った自動ドアの先から手を振った。宮城くんは、「じゃ」と口を模って控えめに短く右手を挙げてくれた。
 あの日、あの時、あの場所で、バッタリ再会したのはたまたま仕事で営業先が近くにあったからだと宮城くんは教えてくれた。ラブ・ストーリーはそう突然には始まらない。それは本当にただの偶然で、きっともう起きない奇跡だ。二度ある事は三度あるが、一度ある事はほとんどの場合二度はない。

 事実、あれから宮城くんとは会っていない。会う理由もなければ、会うきっかけだってないのだから。
 日常は変わらない。日常というものは、揺るぎない不変を継続している証明でもある。つまり、これは平和そのものという事なのだろう。ただ一つ、通勤時に嫌でも視界に入ってくるあの店に、あるはずもないその姿を探してしまう自分以外は。何も、変わってはいないはずだ。

 これじゃあ、まるで   

 やっぱり、疲れているのかもしれない。





 給料日の金曜日、正直控えめに言っても気分はいい。それに会社の懇親会という名の飲み会で、実費はなし。タダほど高いものはないなんて言葉もあるが、今のところ私にとってタダより安いものはない。若いうちくらいそんな恩恵に預かっておけばいいのだ。
 これは私が常日頃から愉快な類の人間、という訳ではない。いくつかのラッキーな境遇に酒が入って愉快になっているだけだ。

 みな誰しも、酒を飲んだ後に腹が減る経験はあるだろう。それも決まってジャンキーなものが食べたくなるものだ。会社からほど近い場所で開かれていた酒宴を終え、私の軽い足取りは例の店へと向かっていた。
 入って食券を買っている所で、少しの違和感に気づいた。色気も味気もないこの店で、私はかつての同級生と奇跡の再会を果たしたのだと。とても運命的とは言えない形で、だ。ここ最近何を意識したのか、気になりながらも店に足を運べていない自分を思い出し、違和感を感じたのだ。
「これ、お願いします。」
 食券を差し出すと、一度は怪訝そうにしながらも特別確認をとられる事なくそれは受理された。どうせ乗せるなら牛丼でいいのではと言った宮城くんが食べていた牛丼の味が、無性に気になった。こんなものを食べたところで、何がわかる訳でもない事くらい酔っぱらいの脳みそでも簡単に理解できるのに。
「今日は大盛りじゃなくていいの?」
 円卓になっているカウンターの先で、まるで待ち合わせでもしていたかのような宮城くんがいる。確認するように目を凝らして見ても、やっぱり眉はへの字に少し歪んでいて、目の前で牛焼肉定食を食しているその男が彼であると理解できた。
「…そっちこそ今日は牛丼じゃなくていいの?」
「ん〜、まあ気まぐれってやつ?」
 気になって、全然食が進まない。でもよく考えたら私、さっきも腹がちぎれる程会食で腹を膨らませてきたんだった。ちょっと摩ってみたけれど、まるで妊婦だ。だからこの目の前の牛丼が進まないのは、決して緊張とか宮城くんに対するよくわからない感情が齎しているものではないはず。そうだし、そうであって欲しい。
「ね、ねえ!この後暇?飲みに行こうよ!」
 自分でも何を言っているのだろうかと、言ったた後に後悔した。これで断られたら一ヶ月は引きずる案件だ。でも今日は金曜日。断られるリスクは少ないはず。だから、断られたらその先はないという事だろう。はっきりして、寧ろいい。はっきりって、何が?
「いーよ、がいいなら。」
 あっさり了承の返事が返ってきて、逆に私の方がわたわたしてしまったような気がする。あ、いいんだ。自分から誘っておいて、怪訝な態度をとってしまったような気がする。それに、誘ったはいいけど何を話せばいいのだろうか。同級生とは言っても、話をしたのはこの間が初めてくらいなのだから。
「私泥酔してるけど本当にいく?」
「……自分で泥酔してるって言う人初めてみた。」
「そういうタイプの人間です…嫌になった?」
 そこそこ泥酔していたのは事実だ。でも、今はきっとそこまでじゃない。割と意識ははっきりしているし、恥ずかしいという気持ちもある。だから多分、割と酔いは冷めているはずだ。でも、最悪の状況で事を進めた方が何があってもダメージは少ない。物事はいいように捉えると、後からそのダメージで心が死ぬ。
「いや、にもそういう所あったんだって。」
 この人はこの間から一体何を言っているのだろうか。私に対して、どんなイメージを持っているいるんだ。一言二言しか言葉を交わしたことのない私に対して、どうして。そう思わずにはいられなかった。
「宮城くん、これ食べる?」
「腹パンだし無理っしょ。」
「私胸がいっぱいで食べれない。」
「なんだ、それ。」
 私だって、なんだそれって思う。返しは正しい。でも、本当に胸がいっぱいで米も肉も入らない。胸なんてそんなに詰まっていない貧相な感じだけど、今だけはとてもグラマスになった気分だ。グラマスな人って、毎日こんなに胸が苦しいんだろうか。大変だ。
「行ってみたい店があったんだ。」
 本当は、そんな店なんて一つもなかった。





 格好をつけて言ってみたものの、本当に行きたい店なんてなかったのだから結果はこうだよなと納得がいく。結局、私たちは全国チェーンで大変有名な居酒屋にいる。宮城くんは「来たかったのここ?」と大層驚いていたようだったので、朝までやってる居酒屋にシフトチェンジ!なんて理屈が通ってそうで矛盾した事を口走った。酔いはどんどん冷めていくばかりだ。
「私ビール!宮城くんは?」
ビールなんだ?ちょっと意外だったかも。」
「そーかな?どんなイメージ?」
「カシスオレンジとか、カルアミルクとかかな。」
「まじか〜、それめっちゃ可愛い系女子のやつ。」
「うん。」
 笑いのネタになればいいとそう思って言った一言に、当たり前の顔で返された私はどうしたらいいんだろう。心臓が口からまろび出すんじゃないだろうか。この男、こんなに駆け引きの上手い男だったのか。今日この場で殺されるのかもしれない。
って、可愛い系じゃん。」
 息が、詰まる。先行してきていたお通しも、喉に詰まる。焦りすぎて、飲み物がくる前に箸を割ってお通しを食べてしまった。あれだけ腹が膨れていると言ったのに、本当にどうかしている。何かしていないと気が狂いそうな気がしていたのかもしれない。
「ねえ、今日は疲れてたの?」
「なんで?」
「あの店に来てたって事はそういう事かなって。」
「あ〜、そっか。」
 私、どうかしている。この沈黙に耐えかねている。本日はお日柄もよく、とか言い始めそうだ。ちなみに外は割と今にも雨が降りそうなギリギリの天候だ。矛盾を晒していることになる。必死に耐える。
「注文しようか?呼ぶのかな、ボタンかな?」
「ボタンだけど、その前にちょっと確認。」
 もう冷静ではない自分の心がバレてしまったのだろうか。キモいと思われていたらどうしよう。注文する前にキモいと面と向かって言われたらその後どれだけ飲んでも酔える気がしない。困った。酔いたい時ほど、状況は私を酔わせてくれないらしい。
「今日は疲れてたからあそこに来た?それとも俺がいるかもと思って来た?」
 そんな答えにくい質問、あるだろうか。全ては酔っ払っていた私の所業なので、私じゃなく酔っ払った私がしでかした事だと責任転嫁してしまいたい。こうしてオロオロしている私なんて、今も明日も明後日も不本意だ。だから、宮城くんはとても意地悪だ。こんなの真正面で見ている宮城くんには、筒抜けな筈だから。
「……わ、わかんない。」
「そっか。なら、よかった。」
 全然会話が成立していない。この人、何言っているんだろうか。話をしたことはないけど、ここまで会話が噛み合わないとは思わない。何がよかったんだろうか。こうして意味のわからない事をすることで、私を惑わすのはそろそろやめてほしい。
「分かんないなら俺に会いたかったって事にしてよ。」
 なんて事を言うんだとドキドキしていたのに、急に首筋を掴まれて強引にキスをされた。なんだこれは?どういう事だろうか。初キスよりも心臓が爆発しそうで、唇に熱を感じることなんて果たしてあり得るのか。
「すき。」
「……は?」
「だから言ってる、すき。」
 一周回って、放心状態だ。まさか初めてのキスという訳でもないのに、すごい緊張感だった。それに、少しだけ、ほんのり、私の大好きな牛焼肉定食の味がした。キスからでも味の共有って出来るんだ。知らなかった。
「学生の時ほど奥手じゃないし、ってちゃんと行動で示さないとわかってくれなさそうだから。」
 この人、何言ってるんだろうか。意味が分からない。この物言いじゃ、まるで私の事を好きみたいじゃないか。いつの間にか、知らない間にプレイボーイに私は誑かされているんだろうか。不安になりながらも、少しだけ震えている右手の拳が見えて気持ちが落ち着いた。
「まだ三組のあいつと付き合ってたりする?」
「…まさか、もうとっくに終わってる。」
「そう。ならなんも問題ないじゃんね?」
 そう言って、宮城くんは震える右手で私の腕を一度握りしめた。あまりに恥ずかしくて直視できないでいると、「今だけでいいから見てよ。」そう言われて、一瞬だけみた宮城くんの顔が赤みを帯びていてなんだかエロティックだ。死んでしまいそうだ。
「あ、あの………」
「ん?」
「私記憶とびがちだから、明日も明後日も言ってくれる?」
 自分の弱点を晒した上で、ひどく贅沢なお願いをしたという自覚はある。今ある程度冷静な私は、きっとこの言葉も、その後の宮城くんの言葉も忘れることはないだろう。でも欲張りだから、たくさん聞きたい。耳が幸せになれるから。
「いいよ。欲張りなんだな、って。」
 自ら望んだ事なのに恥ずかしすぎて視線を下げていると、ぐっと顔を上げられて強制的に目線が会う。そんな事しなければいいのにと思うくらいにとても恥ずかしそうな宮城くんが視界に映って、少しだけ気が緩んだ。
「……もっと、チューしたい。」
「あの、ここ個室だけど居酒屋なんですけど。」
「個室だね。が選んだ。」
 そうだ、どうであれここは私が選んだ店だ。こうなってくると、私がまるでこの展開を望んていたみたいじゃないか。でも、けして望んでいなかった訳でもないし、全くもって想定していなかった訳じゃない。多分私は、宮城くんのことが気になってる。好きなのかどうかは分からないけど、もうキスした時点で好きだ。いや、大好きだ。
「わ、わたしも後三十回くらいしたい、かも……」
「ウケる。」
 結局、学生時代ほとんど話したことのない委員会が同じだけだった同級生と、私は濃厚な接触をしている。気が引けるくらい積極的に。でも、そう仕掛けてきたのは宮城くんの方だ。
 私が当時付き合ってた男の名前を覚えてる彼は、一体いつから   
「……俺の彼女になってみたりしない?」
 寧ろ、その気しかないんだけどね。





 三十回したいと言ってみたものの、あれからキスは一度もしていない。多分、私は宮城くんの彼女になったらしいけど、その実感があるかないかで言えば、まるでない。考えてもみてほしい。元々ほとんど関わりのない、顔見知りくらいの同級生だ。そんな人が自分の恋人になるなんて誰が想像するんだろう。
 案外宮城くんはマメで、私に予定を合わせて会いにきてくれた。口調が優しくないくせに、思いやりとか態度が死ぬほど優しいのはずるい。私の心を殺す。好きすぎて、どうにかなりそうだ。いつからこんな恋愛体質になったんだろう。
「なんでキス、しないの?」
「そ、そんな事聞かないでよ…!」
「したいから聞いてる。」
「だから、そーいうのもやめて!」
 こんな愛想のない顔をしておきながら、宮城くんの愛情表現は割と過剰だ。行動で示すタイプなのかと思ってれば、不器用な感じで言語化もしてくるから私の心臓はいくつあっても足りない。だから、やめてほしい。まだ死にたくはない。
「だって私たち元々同級生だったし……」
「今違うじゃん。俺の彼女。」
 よくもこんな恥ずかしいことが言えるもんだ。恥ずかしくてしかたないけど、宮城くんの顔はいつもと同じように少しだけ気だるそうだ。彼がこんなに熱い人だとは知らなかった。スキンシップが結構大胆だ。沖縄の人って、そうなの?
「いつになったら慣れてくれんの?」
「わかんないけど、一年くらい無理そう……」
「俺、死ぬわそれ。」
 そう言って、宮城くんは私の了承なしにキスをする。ずるい。こうされる度に、私が彼の事をどんどんと好きになっていくからだ。私ばかりが好きになっている気がして、なんだかそわそわする。ワタシ、ソンナレンアイタイシツジャナイ。
「もう一回だけでいいからしようよ。」
「宣言するのやめて…!」
 結局宣言されると、私は構える。ガチガチになった状態で固く目を瞑るのは恥ずかしい。でも、自分から積極的にキスを求めることはまだできない。私にとって宮城くんは彼氏になったのかもしれないけれど、まだほとんど喋ったことのない同級生枠でもある。
「好きなんだけど、だめ?」
「そういうの言うのもやめて!」
「忘れるから言ってって言ってた。」
「それも忘れたからやめて。」
 宮城くんがこんなに甘い男だなんて知らなかった。数年ぶりに会った時、鼻に牛肉の細切れを詰まらせていた女をよく好きになってくれたものだ。私は変人だけれど、宮城くんもそんな私を大好きだと言うのだから変わっている。
「いいじゃん、こんなに好きなんだから。」
「…あ、愛が重すぎる。」
「だめなの?」
 この男、確信犯だ。だめなの?なんて聞いおておきながら、ダメじゃない事を自分でよく分かっている。ここまでくるとあざといレベルだ。私の次の言葉に死ぬほど期待しているに違いない。だから、その期待には死んでも答えない。
「彩子ちゃんに勝った私、誇らしい。」
「……言うじゃん。」
 結局油断を許して、キスをされた。


化けても恋 / 2023’02’12
BGM - 真夏のオリオン / INFINITY16