多分、俺と三井サンの感性って随分違うんだろうと思う。似てない、と言うよりは多分正反対に近い。寧ろ似ているところを探せと言われても、何一つ出てこない。俺なんかと似てないからこそ助けられてる部分はあるけど、気に食わないので絶対に口にすることはしない。調子に乗る三井サンが目に浮かんで、それはそれで癪だ。 「門出なんだしもうちょい可愛い顔しろよ。」 「……門出はわかるけど可愛い顔ってなんだよ。」 「お疲れ様でした〜とか、応援してます、とか?」 「アンタの中で俺って何キャラなんすか?」 三井サンが卒業する。正確に言えば、たった今卒業してしまった。卒業式が終わって、バスケ部の連中で少しだけ集まって一言二言喋って解散した。野郎同士で積もる話がある訳でもないし、みんなで卒業祝いでどこかに行こうという雰囲気になる筈もない。 歩き慣れたこの帰り道を、いつも左隣に陣取っている三井サンと今日も俺は歩いている。 日常って、案外簡単に非日常になるんだなとそう思う。毎日学校に行って、授業受けて、部活やって、当たり前のように一緒に帰っていたこの帰り道も、こうして三井サンと一緒に帰るのはこれで最後だ。当たり前だからこそ日常って言うんだろうけど、明日からはその日常も非日常に変わってしまう。 「アンタはお気楽でいいですね、ほんと。」 「あ?最後の最後まで喧嘩売ってんのかよ。」 「売りたくもなりますよ。デリカシーないし。」 毎日耳にタコができるくらい、寧ろテンプレになってるようなこんなどうって事もない会話だって、明日からは無くなるんだな〜とか思わないんだろうか。きっと、思わないんだろうな。俺と三井サンは根本的に違うからそれも当然なのかもしれない。 本当はもっと前からこの日常がなくなる事に慣れていく筈だった。 この日常が変わっても、しっかり高校生活が送れるように。三井サンがいなくなっただけで、それ以外は何も変わらないと思えるようにする為に。自分の、為に。 それが出来なかったのは、やっぱり三井サンのせいだと思う。少なくとも、それを理由にしないと心が持たない。 三井サンは不器用だけど、要領がいいし、運もツキも持ってる。結構何かとつけて恵まれた人だと思う。あれだけブランクがあったのにバスケにも愛されてる。認めたくないけど、認めざるを得ない事実だ。冬の選抜にも出る、そして推薦もと取ると言った三井サンは見事その両方を達成した。 本来であれば冬の選抜が終わった数ヶ月前から、この帰り道の日常は無くなっていた筈だったのに。結局三井サンは推薦をもらった事で、最後の最後まで部活に残った。だから、この帰り道の日常は、今日まで変わる事なく継続されていて、非日常になる準備期間を俺に与えてはくれなかった。 「んじゃ、メシでも行くか?」 「なに食べんの?」 「ラーメン行こうぜ。」 「卒業祝いでラーメンとかセンスしか感じね〜。」 「おう、ラーメンに裏切りはねえからな。」 「気づけよバカ、褒めてねえし。」 そこまでワンセットで言い切って、やっぱり行くのはやめておくと言った。こんなんじゃまるで昨日までの日常と何も変わらないから。明日も明後日も明明後日も、当たり前のようにこんな日常があるんじゃないかって期待してしまいそうな気がして。こんな事を思ってるのがどう考えても自分だけなのも、より気に食わない。 「三井サンも卒業式の日くらい友達と遊びなよ。」 「いや、お前も友達だろ。」 「は?友達じゃなくて後輩でしょ、そこは。」 「そんなんどっちでも一緒じゃね?」 「……全然ちげえし。」 友達、いるだろうに。確かに三井サンはバスケ馬鹿だし、部活にいる時間が長いから付き合いのある人間のほとんどがバスケ関連ってのはあるだろうけど堀田とかそこらへんの連中と今日くらい一緒にいればいいものを、なんで普通に明日も学校来るみたいに俺の隣で帰ってんだろうか。 「俺の日常ってさ、急に日常じゃなくなるんすよ。いつも。」 いつだって唐突に、そして前触れもなく俺に降りかかってくる。日常が常に日常であるなんて思っちゃいけない。その日常が想像している以上に大事で尊いって事を自覚するようになってから、余計それが怖くなった。大事にできるようになった分だけ臆病にもなって、大事にできるものをたくさん持つのが怖くなった。失うくらいなら、最初からそんなものなければ気持ちは安定するはずだから。 「日常ってなんだよ。」 「バスケする事とか、アンタとこうして帰ったりとか?」 「あ〜、そっか俺卒業したんだったな。」 「マジで頭大丈夫っすか?」 当たり前がいつも当然のように存在してる訳じゃない。だから、徐々に自分からその日常が非日常になっていくまで慣らしていこうとしていたのに、そんな俺の気も知らないでこの人は部活が終わったら当たり前のように、確認もなく俺とこの道を歩いた。ラーメン、何回行ったかな。 「卒業する側にはわかんないっすよ、多分。」 勝手に現れて、勝手に絡んで、勝手に戻ってきて、自然の摂理に従って卒業して。俺が神奈川に来てから三井サンは神出鬼没に俺に関わってくる。俺だけが覚えてる思い出があるのはどうしても気に食わないので、今も言えてないけど。本当にこの人のそういうところが嫌いで、そして憎めない。 「日常なんて変わってくもんだろ。」 「それじゃ日常って言わねんだよ。」 「じゃあ新しく日常作ってみりゃいいじゃねえか。」 この人は、この言葉の意味わかってるんだろうか。軽い思いつきで物を言う人だから、多分ほんとにそのまま口にしただけなのかもしれない。これからどんな日常を俺と三井サンで築き上げるつもりなんだろう。もうこうして一緒に帰るだけでなく、バスケだって一緒にすることもきっとないんだから。 「毎週金曜はラーメン食って、ストバスしようぜ。」 「なんだよそれ。」 「新しい日常だろうが。」 「それ今とほとんど一緒じゃん。」 「あ〜、それもそうか?」 日常ってものは、突然非日常になる。俺にとって日常ってものは何よりも大切であって、その分臆病になってしまう表裏一体なものだ。だから怖かった。それが怖いと思っているのは俺だけで、三井サンはそうじゃないだろうと思ってたし、実際そうだった。 でも、それは三井サンにとって俺との日常はこれからも当たり前に継続されるものと想定していたからなんだろうか。感性も性格も違う三井サンの事なんてよく分からないけど、そうだといいなとは少しだけ思う。 「て事で今からラーメン行こうぜ。」 全然似てない筈なのに。俺とも、ソーちゃんとも。何にも似てない筈なのに。でも、だからこそ俺はこの人と日常を過ごしたいし、この人の日常に俺がいたいと思うのだろうか。やっぱりどう考えても癪でしかないけど、金曜日の部活でくたくたに疲れた体にラーメンの塩分が染みるような気がして今から少しだけ楽しみだったりもする。 「やだよ。」 「んだよ、付き合い悪いな宮城。」 「バンバーガーな気分。」 「お、いいな。新作でも食うか。」 「うん、いいね。」 ビビりすぎてる俺にとって、三井サンの提案は斬新で俺には考えつかない内容だ。やっぱり感性も性格も違って、基本的に根が陽な三井サンにしか出せない答えだったのだろうと思う。 もう学ラン姿の三井サンとこうして一緒に帰る帰り道に日常はないけど、また新しい日常ができるのは些か楽しみだ。なくなるのであれば、新しく作ればいい。ひどく単純明快なこんな考えは、三井サンらしいのかもしれない。結局、俺はこういう所でこの人に救われてる。 「奢ってね、もちろん。」 「今日は俺の門出だろうが。」 「だって卒業したってアンタ先輩でしょ。ずっと。」 「お、お〜まぁそうだけどよ……」 たまにアホで助かるなと思うし、そういうところが多分たまらない気持ちにさせる。天然の人たらしってこういう三井サンみたいな人の事を言うんだろうな。 これから先の事なんて分からないし、また日常は無くなるのかもしれない。でも、その変化をこの人となら楽しんでいけるのかもしれないと、少しだけそんな事を思った。このなんとも言えない感情って、何て言うんだろう。 「アンタといると飽きないわ〜。」 なんだそれ、そう言う三井サンの声をとりあえずは毎週金曜日、聞きにいこうと思う。
日常の隙間に |