季節限定なのか、それとも変わり種として置いているだけなのか分からないけれど、最近コンビニに置いてある“もち米もっちり!梅こんぶ“の存在を、私以外の人間も常識のように認識しているのだろうか。どちらでもいいけれど、最近の私のお気に入りの商品だ。
「いつもそのおにぎり食べてるよね、飽きない?」
 ここ一ヶ月ほどの私を振り返った時、きっと王子が言っているこの言葉は正しい。毎日決まった時間に、決まったものを口にしているのだから一度くらいは聞いてみたくもなるものだろう。
「美味しいよ。王子も、今度買ってみればいい。」
「一つの選択肢として食べてみるのはありかもしれないけど、毎日っていうのは結構常軌を逸していると思う。」
 彼の言う通り、多分私は側から見たら常軌を逸した一種の変人だろう。コンビニはこのおにぎり以外にもバリエーションに飛んだいろんな味を用意している。今の時代は便利になったものだと親なんかは言うけれど、その数多くあるバリエーションにも目移りする事なく、私はこのおにぎりを買い続ける。
 強いて言うのであれば、ここ最近の新発売であるこの商品をヘビーローテーションしているのだから、ある意味で言えば私もミーハーなのかもしれない。同じものを食べ続ける一方で、新しいものにも手を出す側面もあるということだ。
「多分定番商品じゃないと思うけど、期間限定でなくなったら?」
「実は、それをちょっと危惧してる。」
「じゃあ、今のうちから対策を講じてそれに変わる代替案を用意すべきと、僕は考える。」
「おにぎりひとつで、ずいぶん大層なこと言うね。」
「一ヶ月ほぼ毎日同じものを食べてるもんだから、無くなったらどうなるのかと思って。」
 作戦室で毎日当たり前のように同じおにぎりを食べている私を、彼はそんな目で見ていたのかと今更ながらに思う。でも、考えてみればそうだろう。人の行動の原理原則をよく捉えていて、それを仮設立てるのが好きな男がこの異常な行動について考えないわけはない。
「他のもので代用できるのか、できないのか。根本的な判断軸はその二軸だ。」
 おにぎりひとつで、よくもまあそんな大層なことを言うものだと思ったけれど、実の所よく私を理解している呼びかけだとそう思う。私が王子隊の隊員である以上、この男にはそんな簡単な私の属性や性質も手にとるようにばれているという事なのだろうか。
「代用できなかったら、どうしたらいい?」
「それは僕に聞かれても分からないさ。コンビニの企画戦略室の人間でもないんだし。」
 私の戦術はワンパターンだ。それで押し切れるだけの力がない訳じゃないけれど、それがB上位でも通じるかどうかと言われれば、再考しないといけない部分だ。そこで声をかけてきたのが、この王子一彰という男だった。戦略的にも戦術的にも足りない私に、的確な役割を与えて、救ってくれた。謂わば、恩人に近いのかもしれない。
は頭の回転もいいし、勉強もできるだろう?自分で考える事を強化した方がいいね。」
「約八割くらいは悪意っていう認識で、あってるかな。」
「それはの捉え方次第だよ。悪意があるかないかは、君が判断することだ。」
 A級になるというのが私の入隊当初の目標であり、A級になれないのは今の課題だ。そんな私をよりその高みに近づけてくれた男こそが、王子だった。
 声をかけらた当初は、不信感しかなかった。人のことを変なあだ名で呼んでいるのは知っていたし、その笑顔に張り付いた得体の知れない感情に違和感を感じていた。全く関係がない人間と思っていれば害はなかったけれど、同じ隊で一緒にやろうというには、この男は私にとって最適ではなかったのかもしれない。得体の知れない相手に、トリオン体とはいえど、命を預けるのはあまり望ましいとは言えないだろう。
「勉強ができると、地頭がいいは違うよ。勉強は努力でカバーできるけど、後者はそうじゃない。」
「じゃあ、にはずっとブレインである僕が必要ってことか。」
「随分と都合のいい解釈するよね、王子って。」
「そりゃそうだよ。ポジティブに捉えないと、人生の半分は損をするからね。」
 私も王子のような考え方ができれば、もっと人生を楽しく過ごせるだろうなと思ったことがある。もちろん今の現状が王子の本性かも分からないし、彼が幸せなのかは私の知るところではない。けれど少なくとも不幸ではないだろう。物足りないを、手に入れたいに変換できるだけのポジティブさを持っている。
「ちなみに、は今までおにぎりは何派だったの。」
「え、なんだろう。忘れちゃったかも。」
「じゃあそこまでこだわり無いってことだ。でも新しいものには、夢中ってこと。」
 確かに王子の言う通りなのかもしれない。元々ミーハーな体質ではないけれど、これと決めた事や好きと思ったことに対しては周りからしつこいと揶揄されるほど、没頭するのだ。そんな自分の属性を、私自身も理解している。若かりし頃は気づかなかったけれど、これは体質らしい。きっと、興味のあるものが少ない分、興味を持ったものに対しての執着心が強いのだろうと思う。
「おにぎりなのに王子が言うと壮大な感じになるね。」
「そうかな?案外はミーハーで且つ執着心強めなのかと思っただけだよ。」
「王子の言葉は、優しいように聞こえて人の心を抉る。」
「やだな、さすがの僕も照れる。」
「ちなみに言うと、褒めてないからね。ずれてるよ。」
 そう言って、私は三分の一を食べ進めたおにぎりに再度口をつける。王子は、不思議そうに見る訳でもなく、特に何かを言うでもなく、ただじっと食べ進める私を見てくる。
「一方的に見られると、食べにくい。」
「しょうがないじゃないか。ここには僕と青葉しかいないし、見る対象は君だけだ。」
 王子の言葉に、改めて私たちが二人きりでこの空間にいることに気づいた。私が飽きもせずに同じおにぎりを食べる日常は変わらないけれど、基本的には蔵内も樫尾もいるのだから、もしかすると少しだけいつもと違う環境だったのかもしれない。
「それは今のこの境遇関係なしに、王子が私を見てるってことだったり?」
も随分と都合の良い解釈するね。」
「王子に言われるのは癪だけど、見習った方がいいと思ったから取り入れてみた。」
 王子が苦手と思いながらも、私が王子隊に入ったのは勢いでも流れも出ない。着実な理由があった。これだけ苦手に思う人間と共に過ごすことで、私は死角をなくすことが出来るのではないかと考えた。苦手だからこそ、それを克服することで、自分にとって得るものは大きいと思ったのだ。常識的な考え方ができる蔵内と樫尾がいたと言うのも最終的な決定打になった。
「と言うことは、僕の思惑通りにが動いてるってことかな。」
「どうなんだろうね。私には王子の思惑が分からないから、答えようがない。」
「そうやってリスクヘッジをしてる時点で、君は戦略的だと僕は思うよ。」
 言われて、自分でも再度考える。確かに、私はリスクヘッジをしてるのかもしれない。相手からエビデンスを取れない限りは、自分の心を内を見せることはないし、じっと待つことくらいはできる。
「僕もおにぎり、買いに行こうかな。」
「私はこれ間食だけど、王子お昼食べてないの?」
「そうじゃないけど。とこの部屋を出て、どこかに行くという選択肢が新たにできるわけだし。」
「そういう生殺し、よくないと思うよ。何人泣かせてきたんだろうね。」
 私のこの言葉は、本心だ。王子は、モテる。それは外観からしてもそうだし、彼をよく知らないミーハーな女子たちは、本当に王子のことを王子だと思っているだろう。王子という名前に託けて、人の心を抉るような事を笑顔で言うだなんて、きっと想像にもしないだろう。
「何人泣いたかの累計は知らないけど、は泣かないんだとは思ってるね。」
「なんだ、泣いて欲しかったんだ。」
「必ずしもそうと言う訳じゃない。感情のままに生きる人間もそれはそれで面倒だし。」
 彼の言う、面倒は一体どういうことなのだろかと考える。それは、私自身が王子にとっての面倒ごとにならないようにと考えているからだ。チームに誘ってくれた時点で、よっぽどのことがない限り、見捨てられることがないのは分かっている。
 王子は、外見的なイメージとも本質はずれているし、堅実な考え方をする人間だ。そうでなければ、蔵内と樫尾というメンバー編成にはならないだろう。けれど、特質して言えることがあるとすれば、皆指示を忠実に聞くことができるということだ。恐らく、王子は順応性のある人間を選んでいるのだろう。
「王子ってさ、失敗しない男だと思うんだよ。そんな男が、私を入れたのは失敗じゃなかった?」
 どうしてあえて彼は私をチームに誘ったのか、私は未だにその真意に辿り着くことができない。私が、あえて王子隊に入った真意を彼に伝えていないのと同様に、彼にも何か他の思惑があっての事なのだろうか。
「機動力のある人間をチームに入れる発想自体は、驚くことじゃないと思うけど。」
「でも実際にうちの順位、落ちてるし。」
「強いて言えば君がいるいないで、うちのチームにそこまでの影響は出ないよ。」
 良くも悪くも、私自身が勝敗の鍵を握る程のキーマンではないと、その言葉が裏付けている。王子の言葉は見た目以上に、棘がある。こうして私を精神的に追い詰めるようにするのが、きっと好きなんだろうと思う。
「他の隊に入られるくらいなら、うちで獲っておこうとは思ったけどね。」
こうして突き放したり、そうかと思えば引っ張ったり、王子は心理的に私を揺さぶってくる。恐らくは彼がこういう人間であり、自分自身のチーム内での立ち位置をある程度予想はしていたけれど、実際にそれに慣れるというのは予想ができていてもできることではないらしい。
 王子という苦手要素を克服した時、私はきっと無敵に一歩近づくのではないだろうかと思っていたけれど、それは未だに達成されていない私自身の課題だ。それどころか、彼の戦術戦略にしっかりとかかっているのだから。
「そうやって緩急つけて、揺さぶるのは楽しい?」
「人聞きが悪いね。最大限、を評価しての言葉なんだけどな。」
「だとしたら相当性格悪いね、王子は。」
 王子が何を言わんとしているのか、そして私に何を言わせたいのかはなんとなく理解している。だからこそ、言いたくないとそう思うのだ。言ってしまえば、私はやっぱりまんまと王子の策略に落ちることになるのだから。
「それは僕の思惑に気付きながら、気づいてないふりをしているにも言える言葉だ。」
 私たちは、ずっとこうして腹の探り合いをして、何も気づいていないふりをして過ごしている。ここまで踏み込んで、お互い切り込んだ質問をするのは初めてかもしれない。
「認めちゃった方が君も楽だろうにね、。」
 挑戦的なその笑みが、ひどく憎らしい。けれど一方で、私はこの男に囚われているのだ。このチームに入らないかと声をかけられるところから、王子の中でのゲームは始まっていて、そして私がチームに加わった時点で、ゲームは王子に軍配が上がっていたのである。
 苦手が好きに切り替わる事なんてないと思っていた。それすら彼が仕組んでいたのであれば、もう私はお手上げ状態だ。気遣っているようで、私の心の隙間に上手く入り込んでくる王子を、気づいた時には好きになっていた。
「ゲーム、終わっちゃったら王子がつまんないと思って。」
にしては随分と行き届いた配慮だね。でもその配慮、もう要らないかな。」
 王子は、私にエビデンスを握らせない。私が彼を好きだという気持ちに呼応するよう、自分もそうであると私に確証となるものを残さない。生殺しのように、飴と鞭で私を揺さぶるのだ。
「好きって認めなよ、そろそろ。」
 こうして、自分からは絶対に切り出してこない王子に、私はいつだって感情を揺さぶられ、そしてより一層に王子に夢中になっていく。好きと認めた先に何があるのか、どうなるのか、私にそれを開示しない。きっとそれを楽しんでいるのだ。なんて酷い事をする男だろうかと悪意すら感じるのに、気持ちがブレる事なく真っ直ぐ王子へと向いているのだから、自分でももうどうしようもないと思う。
「僕も好きなものは飽きないタイプだし、執着もするからと似てるかもね。」
 私の手からおにぎりを取り上げた王子は、挑戦的な笑みを浮かべながら一口パクリと口に運ぶ。“ほんと、美味しいね“そう言った彼の口元に、私も距離を縮めた。自分の感情が王子に筒抜けになっているのは酷く気に食わないのだから、せめて裏をかいてやろうと、そう思って。
「突然キスしてくるなんて随分と大胆だ。」
「人の好物を横取りする、王子が悪い。」
 それに応えるよう、二度目のキスは王子からのエビデンスとして私に降ってきた。


エビデンス
( 2021'12'26 )