中国でコロナが流行り始めたとテレビで見た時はただの他人事だった。所詮異国での話だ。日本に住んでいる私たちにはさほど関係ないだろうなんて甘い考えを持っていたが、恐ろしいスピードでそれは世界各国へと広まっていき、日本も例に漏れず日に日にコロナ感染者が増えていく。
「ねえ義勇。私もう少し仕事かかりそうだからご飯作ってくれる?」
「それは構わない。何を作ればいい。」
「なんでもいいよ適当で。作れるものでいいよ。」
「作れるものってどんなものだ。何を見て作ればいい。」
 仕事が終わらないからと頼んだのに、結局彼に任せた方が余計自分の工数が割かれると思いノートパソコンを閉じた。食事を作ったあとにもう一度再開すればいいのだ。こういう融通が利くのは在宅勤務も特権だなと思う。けれど同時に、義勇が同じくこの場にいなければそんな手間もないのだけどなと思った。
 義勇とはそれなりに付き合って長いし、あまり関与してこない彼の生活が私の付き合い方には酷く向いていた。結婚をはっきりと意識した事はなかったけれど、いずれはそうなるんだろうなと思っていたし、嫌とは思わない。
のところに暫く行ってもいいだろうか。」
 コロナが横行し、多くの会社が在宅勤務を始めて暫くが経った頃、義勇はらしからぬ言葉を言って来た。あまり物事に頓着しない彼がそんな事を言うとは思っていなかった。なんならコロナで不要不急の外出は駄目だから暫く会うのを止めようと言われる方がしっくりくるくらいだ。彼の言葉は不思議でありながらも、少しばかり嬉しい言葉だった。
「もちろん無理にとは言わないから決めてくれ。」
「いいよ。全然。むしろ嬉しい。」
 ちょうどひとりぼっちで生活する事への寂しさが出ていた時だったのかもしれない。会社に行くのが嫌と思いながらも、会社での人との交流が存外自分の中では大切な時間であった事に気づく。義勇の提案に私は快諾した。そこからすぐに彼は荷物をまとめて私の家へとやってきた。
 義勇の事は本当に好きだと思っていた。結婚してもいいと思うくらいなのだから、一緒に住むことくらいなんてことないと考えていた。けれど、結果としてそれは少し違っていた。もしコロナが関係なく一緒に住んでいたらそうは思わなかったかもしれない。
「義勇はさ、たまには私以外の人に会いたいとか思わないの。」
はそう思うのか。」
「もちろん義勇の事は好きだけどさ、ふたりぼっちってのも寂しいじゃん。」
「そういうものなのか。」
 外出をしなくなってからは私も流行りにのってオンライン飲み会なるものをやったり、前よりも頻繁にどうでもいい事をやり取りするようになった。それは義勇が好きだと言う事には関係ない。私は社会に属していて、義勇だけが世界ではないのだからそれが正常で、義勇もきっとそうなのだろうと仮定していたのだ。
「俺はだけいればそれで構わない。」
 言葉だけを切り取れば、きっと嬉しい言葉だったと思う。私は必要とされていて、そして義勇にとても大切にされていることが分かる言葉だ。けれど裏を介した時に、私が好きだと思っていた男の世界が私ただ一人なのかと思うと少しだけ自分との思いの深さに怖く思う気持ちがあった。
 嬉しいはずのその言葉が、少しだけ恐ろしい。
「そっか。うん、ありがとう。」
「礼を言われる事じゃあない。ここに来たのは俺の意思だ。」
 それがまた一層に彼との溝を感じるきっかけになってしまった。これがコロナを関係なくした同居関係であればきっと私はこの言葉に泣いて喜んだであろうに、コロナが齎したものはその恐ろしいまでの感染力以上に、自分がこれほどまでに彼から愛されているという事実だった。
 きっとコロナが落ち着いて、日常が戻って来たら元に戻る。きっと義勇だってコロナが横行しているこの世界で少し感覚が麻痺しているだけだ。ある意味ウィルスに感染したのだ、そうに違いない。
 そうであってくれないと、困る。私が彼をこれからも変わらず好きと思うには今までの日常がどうしても必要だった。
「米くらいは炊ける。他に何か手伝える事があれば言ってくれ。」
 義勇の優しさが本物だからこそ、何かが違えて行くような気がした。

正しい拍動
( 2020'06'10 )