どうして私は、こうなのだろうか。そう、自分を悔やみ、そして反省することができるのに、私はまた同じ過ちを繰り返す。二度ならず三度も、四度も、きっとそれは私の人生が幕を閉じるまで永遠と続くのかもしれない。そろそろ仏に殴られてもおかしくはない頃合いだなと、降り頻る雨を見ながらそんな事を考えていた。
 私の何処が愚かなのかと言えば、私自身こうなる未来を事前に分かっていた、と言う点だろう。
 雨が降るのは、分かっていた。


 起きることがいかんせん苦手な私の朝は、短期決戦だ。テレビなんてものを悠長に見ている暇はないが、それでもテレビが付いているのは自分があと何分で家を出ないといけないか常に視界に入れておかないと遅刻するからだ。今日こそはと、そう思って会社の人から貰ったいいコーヒーをテーブルに出しているのに、そのコーヒーがテーブルから尻込みを決めて動かず二週間が経過していた。
 コーヒーを飲むことが叶わない私に朝食を食べる余裕があるはずもなく、最低限社会人として恥ずかしくない程度に肌を色付けて家を飛び出るようにして出ていく。空には、今にも振り出しそうな雨雲が広がっていた。持って行くはずもないのに少しだけ悩んだ素振りをして、諦めたように私は家を出る。悩むのに必要な時間は、おそらく一秒以下だと思う。
 そして話は冒頭へと戻る。私は、こうなる事を分かっていた。分かっていながら、簡単に予想できながらも傘を持っていくという選択肢を選ばないのだ。理由はただ一つ、面倒だからと言うシンプルなもので、私のズボラな性格がそのまま形となっているのだろうと思う。
 会社を出て、駅までの道のりをどうやり過ごすか考える。コンビニに出向いて傘を買おうと思ったけれど、最低でもコンビニまでは二分ほどかかる。二分濡れて傘を買うのなら、五分かけて駅までたどり着くのと何も変わらないという考えに至る私を、私自身が愚かに思いながらも、傘をささずに駅までの道のりを小走りに駆けていく。この時点ではまだ、私にとって傘は必要のないものだった。
 最寄りの駅についてもまだ、雨は降っていた。電車で三十分ほど揺られたら運よく雨が止むのではないかとズボラを通り越して楽観主義を働かせたところで、私の希望は大抵通らない。駅から自宅までの道のりを考えると、ようやく私には傘を買うという選択肢が出てくるのだ。
 ここまで来るともはやそれは選択肢ではなく、そうする事でしか帰宅する術がないのだから仕方がないと、自分自身で作り出した疲れの原因にため息をつきながらコンビニへと足を向けると、まるで常連客のように待ち構える男の姿があった。
「お前、一体うちに何本傘生やせば気済むんだ。」
 雨のようにじっとりとした視線で私を見てくるこの光景を、私はよく知っている。これは二度や三度では済まない、最早私の雨の日の日常に近い。彼も小言を言いながらも、人がいいというか、物好きだなと思う。
「片道電車代握りしめて電車乗ってるようなもんだろ。」
「確かに。すごい的確な表現。」
「毎回俺の事おちょくってんのか。」
「でも洸太郎のお陰で最近は傘増えてないじゃん。」
 いつからか、雨が降ると諏訪が迎えに来るのが恒例になりつつあった。恒例、というと語弊があるが、私が命じている訳でもなく彼は可能な限り、私の雨しのぎのどう具を持って、その下で煙草の煙を燻らせている。
「傘屋でも開こうとしてるのかと思ったわ。」
 そう呆れながらも、いつだってもう一本傘を持って、このコンビニの入り口で私を待ち伏せる。最初からこうして駅まで傘を持ってきていた訳ではなかった。最初の頃は、きっと私のこのズボラな性格を知らない諏訪は、部屋でビールを飲みながら黙々と煙草をふかしながらぼうっと私の帰りを待っていたけれど、帰宅した私の全身がずぶ濡れになっていたことに、たいそう驚いていた。
「お前今何月か分かってんのか。忘れたら買うだろ、普通、傘。」
「駅まででどうせ濡れちゃったし、いいかなって。」
 そのすぐ後に、運悪く私は風邪をひいてしまった。“傘代ケチって風邪ひかれたんじゃ全迷惑が俺に降ってかかるから傘を買ってくれ”と呆れながらに言われ、そこから私は文句を言われないようにと雨が降るたびにコンビニで傘を買って帰るようになる。折り畳み傘を鞄に忍ばせたり、事前に天気予報をチェックしてから出かけるとか、手段を知っているくせに全て実行に移さないのだから仕方がない。
 次第に我が家の玄関は私が意味もなく買い続けたビニール傘で溢れていった。煙草を咥えながら何度か改善策を言われたこともあったけれど、恐らく全ては右から左へと流れているのだろうと思う。分かっているけれど出来ないのだから仕方がない。
 天気予報を事前に確認するという基本編から、折り畳み傘を持ち歩く小技編に、会社に何本か置き傘をしておくという裏技編まで、その全てが成功を見ず、結果、私がコンビニで傘を買うのを阻止すべく諏訪が私を待ち構えるように傘を持ってくるようになったというのが事の経緯だ。具体的な改善策を見事全て打ち破っている私も大概だが、この男も大概だなと思う。
 私たちは、ある意味で似たもの同士なのかもしれない。
「どうせ来るなら傘一本でいいのに。」
「わざわざ濡れる面積広げる意味がねえだろ。」
「雨だと、声聞こえにくい。」
 諏訪が持ってきた傘を開かずに、少し大きめな傘を広げる諏訪の元に移動する。自分でさせよと一度は言っても、二度は言わずにそれを受け入れる。どうせ受け入れるのであれば最初から受け入れてくれればいいのにと、そう思う。彼にここまでしてもらっている自分の立場を考えて、その言葉はギリギリ飲み込んだ。
「もっと雨、降ればいいのに。」
 そう言えば、諏訪はなんて答えるのだろうかと試しに言ってみると、都合が悪くなったのか如何にも聞こえていないフリを決め込んでいる。
「明日も雨、降んないかな。」
「…脳みそ沸いてんのか。」
 言葉に圧と若干の悪意を感じながらも、特別悪い気はしない。一見否定しているように聞こえるその言葉も、全てを受け入れてくれていると分かっているからなのかもしれない。彼であれば、明日も明後日も、雨が降る限りこうして私を待ち構えるだろうと思うからだ。
「次の引っ越しの条件は駅近な。」
「やだよ。私が住みたい広さの家は駅近にはないし。」
「お前って本当に傲慢だよな。知ってっけど。」
 こうして時間をかけて雨の道を歩くのも、嫌いじゃない。本当は自分自身が何故傘を持ち歩かないのか、その本質的な理由をなんとなく自覚しながらも、私は諏訪に心身ともに甘えているのだと思う。
 そして、この男もそれをわかりながらも、私を存分に甘やかしているのだ。
 雨の日は、いつだって私を自惚れさせる。


華やぐ闇に溺るる
( 2021'12'07 )