自分で言うのも何だけど、割と形から入る方だったりする。見た目がいいとか、意味はないけど何となくカッコイイとか、強い男っぽそうとか……大抵理由は薄っぺらい。 多分男って収集癖みたいな本能的なモノがあるんだと思う。飾ってある事で自分の空間って感じがするからかな?リビングのダイニングテーブルの裏にズラリと並んでいるウイスキーのボトルを見ると何故か安心する。ウイスキーがめちゃくちゃ好きかって言われたら、多分答えはソーソーだ。だって、強い酒飲める男の方が飲めないよりかっこいいから。 「は?アンタまた俺が留守の間に!」 「あ〜〜〜〜?」 「あ〜〜〜〜はこっちの科白なんだケド!」 コツコツ見つける度に買い集めて棚に並べて、手をつけないでいたら俺よりも先に勝手にツバ付けてるフトドキモノがいる。家族でもないのに家族同然の顔をして、こうして俺の留守中にも遠慮なく居座ってる。ちょっとは遠慮しろよ! 「も何で勝手に男を家に上げるんだよ!」 「男ったって三井さんだし?」 「酩酊状態の男は何するか分かんないデショ?」 「仮にもそんな人に子を預けちゃダメでしょ……」 それに関しては少なからず感謝してるし、かなり助かってもいる。同じ業界にいる分、オフシーズンも含めて休みが被りやすいからだ。独身時代と違って中々二人でゆっくり出かける時間も取りにくいから、その点においてだけ三井サンは優秀だ。 「そりゃそうだけど……この人下手したら俺よりウチに居ない?」 「流石にそれはないんじゃ……」 「だとしても俺と大差ないじゃん!普通にムリ!」 「それは私に言われたって……ねえ?」 ていうかこの人に遠慮って言葉はないのか?そもそも何で俺がこの人に出迎えられないといけない訳?冷静に意味分かんないし。 「同じマンションなんだからよ〜。」 「アンタが仕組んだんでしょ〜が!」 「同じ釜の飯食った仲じゃねえか?もうほぼ家族だろ。」 「どう考えても他人だろ。」 どうしよう。知ってたけどマジでめんどくさい。酔ってなくてもそこはかとなくウザいけど、酔ってるとハイパーウザい。仮に同じ釜の飯は食った仲かもしれないけど、俺アンタに集団リンチされてるんだけど? 「リョータも突っかからないでよ……面倒くさいから。」 「そう思うなら家入れなきゃいいじゃん。」 「でも事実結構お世話にはなってるからね…?」 確かにそれはそうだけど完全にこの人、人ん家の子どもに懐かれてめちゃくちゃ喜んでる節あるよね?結婚して半年経たずスピード離婚した寂しさをウチで埋めようとしてる節あるよね?家族は大事にしないとって常々言いながら我が家に居るけどアンタが言っちゃダメなやつだよね?大事にする家族間違えてませんか。 保育園の運動会も俺は遠征で行けなかったのに号泣しながらビデオカメラ回してたし(飛び蹴りはしたけど映像は貰った)、二週間前はピザ頼んだから食おうぜって合鍵で不法侵入してきたし(チェーンロックを義務付けることにした)、先週家族水入らずでテーマパーク出かけようとしたら何故かマンションロビーで遅いとか言いながら待ち構えてついてきたし(帽子かぶって水筒斜め掛けしてたから普通に腹立った)、マジでこの人なんなの? 「この人いるとと二人の時間なくなる…!」 「……でも偶に預かってくれるから二人で出かけたりもできてるじゃん?」 「それは……結果論で折角のオフシーズンなのに四六時中三井サンいるじゃん!普通にイヤなんだけど!」 誰よりも長く一緒の時間を過ごしたくてようやく結婚して手に入れた時間だったのに何でこんな事になってるのか全然分からない。てかアメリカ住んで日本に移り住もうとしてる時ちょうどいいマンション紹介してくれた三井サンのせいだけど。まさか自分が住んでるマンション紹介されてるとは夢にも思わない。 「……て言われてますけど三井さん。」 「主人が留守で危ねえからボディガード代わりによ。」 「泥酔したボディーガードとか見た事ないんだけど。」 「世の中にはな〜酔拳って中国武術が───」 「マジでアンタは黙ってろ!」 この人何気に交友関係広いと思ってたけど、案外友達いないのかな。自チームの人間と飲みに行ったりしないのか?しないんだったら、せめて堀田サンあたりと飲みに行ってくれないかな。うちの家をシェアハウスかなんかと間違えてる節はこの人なら否めないから次の更新で引越すことも視野に入れないといけないかもしれない。 「てかウチはバーじゃないんだから勝手に飲まないでくれる?」 「お前集めるばっかで飲まねえから腐っちまうだろ。」 「ウイスキーは腐らないしそれ熟成って言うんだよ………て、ちょっと!」 「あ〜〜?」 なんか飲んでるなとは思ってたけど、それ俺のコレクションのウイスキーじゃん。しかもこの間手に入れてばっかりのプレミアのやつ。アメリカ時代の知り合いにお願いしてアメリカから取り寄せたこの中でも断トツに高いやつ! 「ちょっと待ってこれこんなに飲んだの?」 「おう、なんか喉に染みたぞ。」 勝手に人の家で高級なプレミアのウイスキー開けて感想それなの?完全に値打ち分かってないじゃん!てか普通家主に許可なく飲むもの?これだけ大層にコレクションしてるんだから宮城の奴めちゃくちゃ大事にしてるなとか思わない? 「アリエナイ……」 流石に俺の落胆具合を見たが珍しく三井サンを誘導してくれている。普段からお世話になっているからあまり無碍には出来ないとこの状況を許容してしまうだけど、異常事態には気づいてくれたらしい。 「三井さん今日は帰りましょっか?」 「次は俺がもっと上手いウイスキー買ってきてやるって。」 「あの…もうこれ以上墓穴掘らないうちにね…?」 別にウイスキー愛好家って訳じゃないけど、結構な時間と労力とお金使ってきたからショックは受ける。暫くボトルを開けるつもりもなかったけど、開けるなら絶対にと一緒に飲むって決めてたのにな。度数高いから酔っ払って甘えてきたりしないかなとか邪な期待もあったのに。 「リョータごめん、私そんな大事なやつって知らなくて全然止めなかったから……」 は何も悪くないし、別に怒る気も責めるつもりもない。だって別にが三井サンに振る舞った訳じゃないの分かってるし、万が一そうだったとしてもがそうしたんなら割と許せる。けど、どっちにしても今はちょっとした放心状態だ。 「ほんと、ごめんね?」 久しぶりに髪を撫でてもらったような気がする。というか今までこんな事してもらった事あったっけ?もちろん俺がした事はあるし、毎晩寝る前の髪撫でながら寝てるから気づかなかったけど……これってめちゃくちゃ最高だったりしない? 「……と一緒に開けたかった。」 「う、うん……そうだよね?」 「普通にめちゃくちゃショックなんだけど……」 この流れってもしかしてこのままイケたりする?って思いながら、ショックよりも好奇心でいっぱいな気持ちを抑えながら名演技を続けてみる。彼女の胸元に顔埋めて甘えてみたら、拒絶されるどころか受け入れられてるんだけど。 「今度から気をつけるから……ごめんね?」 「……ウン。」 もしかしたらまだイケるかもしれないと思って、膝枕に収まってみる。全然拒絶される様子はない。最近なかなか甘えてこないってヘソ曲げそうになる事多くて気づかなかったけど、もしかして甘えるのってアリ寄りのアリだったりしないか?希少価値の高いプレミアものだったとしても、ウイスキー一本分の代償として得るにはあまりに幸せすぎる。 「だから今日は慰めて?」 緩み切った顔を見られるとマズイから反対側向いてたけど、交渉する時はちゃんと目を見ないと効力がない。演技モードに切り替えて、表情を作る。俺は俳優だ、絶対にデキる。 「な、なぐさめ…って、ちょっと…」 いつもより抵抗は圧倒的に少なくて、新しい夜を俺は発見してしまった。何となく趣味にしてたウイスキー集めは、思っても見ないところで俺の切り札になったのだ。 こうかは ばつぐんだ! いくつか適当なウイスキーを棚に忍ばしている。三井サンが度々家に来ることも極力邪険にはしない。若干感情が滲み出てしまうのは仕方がない。家に入れてあげてるだけでも普通に感謝して欲しい。 「……ご機嫌ナナメなの?」 「別にそうじゃないけど。」 「いやいや……あからさまに不機嫌でしょ。」 三井サンがうちに来たら酒を飲む。酒を飲むと、俺が落ち込む理由が出来る。落ち込んだら慰めてもらえる。つまり、甘える大義名分ができる。出費としてはお釣りが来るくらいだし、寧ろ安すぎる。 「慰めてくんないの?」 「三歳児?」 「じゃあそれでイイから。」 「リョータが良くても私が困る……」 子どもは可愛い。そりゃもう可愛い、べらぼうに可愛い。だって俺との血引いてんだから可愛くない訳ないし毎日幸せだなって実感してるのは事実だ。その大前提があった上で言うと、中々二人の時間が取れないし、の時間の多くは子どもが独占してる訳だ。 母親だから当然だし、その事に対しての尊敬も大いにある。でも、俺の気持ちは?そりゃもちろん圧倒的に足りちゃいない。俺だって偶には独占したい。三井サンがたまに預かってくれて二人でデートだってしてるけど、もっと当たり前にイチャつきたい。朝が早いからとか、寝かしつけが終わってないからとか、明日試合だからとか……でもこれは無条件で彼女の懐に収まる事が出来るし、そういったムードを作り易い。 「リョータさ、」 「ん?」 ちょっと味を占めて調子に乗りすぎた感は正直否めないし、猛烈に自覚もしている。三歳児と一つ上の先輩に対抗心燃やしてるのも恥ずかしいと言えば一ミクロンくらいは恥ずかしいけど背に腹は変えられない。何にせよ独占したいから。 「このウイスキー安いの私知ってるんだけどさ……」 「え?」 「結構前に気になってスーパーで見たんだよね。」 目論見が丸裸になっている状況を理解して、挽回する言葉が出てこない。流石にこれはカッコ悪すぎる。いくらイチャつくきっかけが欲しいと言ってもやり方があまりにセコいので言い訳する言葉がない。 「……なに、ケーベツしてんの?」 「軽蔑とかそんなんはないんだけど、」 付き合ってからももう長いし、アメリカでの結婚生活も支えてくれた人だ。俺がどんな人間かなんて多分彼女以上に分かっている人はいないだろうと思う。軽蔑されるならもっと前にされていても可笑しくはない。ならば何なのか?未知すぎて、恐ろしい。 「それきっかけにされるとさ……何もないとこっちから甘えにくい。」 「は?」 「え?」 ナニソレ。想定外すぎて頭上手く働いてないけど、ちょっと待って。これって慰め理由に甘えられるのより破壊力強めの褒美じゃないか? いつも俺ばっかり過剰に愛情表現してて一方通行な寂しさを感じてたし、それでも俺の事ちゃんと好きでいてくれてる事は知ってたから気にしないようにしてたけど……もしかしてこれって俺が昔から何よりも欲しかったものじゃない? 「あ、ごめん引いた?」 「……引くわけないですケド。」 「何で敬語?」 「俺ってちゃんとからも必要とされてんだって思って……」 「え、そこ?」 薄っぺらい理由から始めたウイスキー収集で得たものは限りなくデッカイ獲物で、この時ばかりは三井サンに感謝もしたしキスもした。心の中で。 申し訳がないので、今度高いウイスキーを振る舞ってみようと思う。三井サンの部屋で。 「たまには甘えたくもなりますけど……」 三井サンにはゆっくりと、心ゆくまで話を聞いてもらわないといけない。ツマミは今のところこの惚気話で充分だろうから、後で聞いてもらう日程のアポを打診してみようと思う。
恋は恋のまま |