中学時代からずっと憧れ続けてきた丸井ブン太が、近くにいる。
 私にとって丸井ブン太は、憧れの存在であり、恋心を抱く事すらおこがましいほどに遠い存在でもあった。何度か同じクラスになる事はあっても、いつだって皆の輪の中心にいた彼は私にとって全くと言っていい程共通点もなく、近づくきっかけすらなかった。そんな私にチャンスが巡って来たのは七年という長い年月が過ぎ去った、大学一年生の夏の事。
「へえ。お前思ってたよりずっと可愛いじゃん。」
 高校に上がって急激に仲良くなった女の友人。大学へ進学しても偶然的に学部も学科も、そしてクラスまでも同じであった彼女との仲はもっと深まり、自然とどちらからともなくお互いを“親友”と呼ぶ関係にまで発展した。そんな彼女に、彼氏が出来たのだ。それは、皮肉にも私が長年憧れ続けてきたブン太だった。
「どんな風に聞いてたの?」
「いや、なんつうかさ。あいつの話聞いてたらもっとがっつがつした逞しい感じかと思って。」
「なにそれ。」
「悪いようには言ってなかったけどな。」
「ふうん。」
 中学時代に何度か同じクラスになった事はあったけれど、彼は私の事を覚えていなかったらしい。名前だけは聞き覚えがあった、と言った彼は、今尚私を不思議なものでも見るような眼差しでみつめてくる。それ程に私と彼は何一つ関わりがなく、そして彼は私にとって雲の上の存在に違いなかった。
 冷静を装って話をしていたものの、私は自分の行動の一歩先を常に考え、粗相のないように、普段大して使いもしない頭をフルに回転させて言葉を紡ぐ。最初のチャンスは、最後のチャンスになるかもしれない。私は、少しでも彼に良い印象を植え付けたいという一心だった。
「ブン太!」
 その声に彼は振り向いて、少し照れくさそうにしながらも確実に私から遠ざかって、彼女の元へと向かっていく。
 大元のきっかけを与えてくれたのは私の親友である彼女だった。大学生にはよくある、私の彼氏紹介していい?という類の一種である。一貫校でストレートに上がってきた私が、そもそもあれだけ有名なブン太を知らない筈がないのを知っていながらも紹介したいと言った魂胆の裏側には、きっと、自慢という欲が剥きだしていたのだろう。自分がずっと恋焦がれてきた男を親友に取られるというのは恨むに等しい事なんなのだろう。一般的に言えば。けれど、私は違った。寧ろ、感謝したくらいだった。ツテを辿ってでも、丸井ブン太が少しでも近くなった事が。
「じゃあ俺いくわ。また機会があったら。」
「うん。」
「被ってる授業あったらノート見せてな。」
「早いなあ。馴れ馴れしくなるの。」
 私の言葉に、彼はニカっと太陽の様に笑った。私はこの笑顔を、ずっと前から知っていた。ずっと前から好きだった。彼女が彼を好きになるよりも前に、好きだった。



 親友からブン太を紹介されて一カ月も経たない頃。大学生はテストに追われる時期に差し掛かっていた。授業も残り二回。今まで見た事のない顔がぞろぞろと教室に集まり、それまでがらんとしていた筈の教室は、この時期に限り人で溢れかえっている。その内の一人が、ブン太だった。
「あれ。お前じゃん?」
 誰かノートのコピーをさせてもらえる人を探していたのだろうか。キョロキョロと大教室を見て回っていたブン太が私を見つけ、目を大きくして驚いた後、安堵したようにそっと息をついた。
「なあ頼むって!ノートコピーさせてくれよ。」
「うん。別にいいけど。」
「サンキュー。お前マジ良い奴だよなあ。」
 簡単に良い奴と言えてしまうあたり、私とブン太の関係の薄さが表現されている。けれど、悪い気はしない。する筈などないだろう。この七年間、近づく事のなかった距離が、こんな事で近くなるのであれば私にとってその工程はどうでもよかった。どんなに下らない事であろうと、彼との共通点が出来た事に表現しようのない達成感と満足感で満たされた。
「じゃあコンビニまでコピーついてきてくれよ。」
「でも悪いんじゃない?二人だと。」
「ああ、あいつ?別にいいじゃん。やましい事しようって訳じゃねえんだし。」
 彼女に気を使うさり気無い女子力発言をしては見たけれど、彼にとってそれは然程の効果も発揮していないようだった。寧ろ、そこで「確かに。まずいかも。じゃあノートだけ貸してまた後で返すから。」なんて言われたら大なしである。
「丸井君ってさ。」
「ブン太でいいって。ブン太で。」
「あ、うん。じゃあブン太君。」
 彼とちゃんと話すのは、二回目。中高時代も行事の連絡などで話をした事はあったけれど、彼の記憶に残る私との会話はきっとこれが二回目だった。本来、話すのが二回目であり、更にそれが親友の彼氏ともなると会話は妙な沈黙を挟み、変な気まずさを感じるものなのだろうが、ブン太に至ってはそれが全く見受けられない。私が彼と話したいという欲を別にしても、彼との会話はあまりにも自然と流れていく。こういう彼の人間づきあいの上手さと、天真爛漫に明るい性格が彼が男女問わず人気な理由なのだろうなと納得がいく。
はさあ。」
「私も名前でいいよ。。」
「おお。おっけー。」
 キャンパス内にあるコンビニで、私とブン太はコピーの順番待ちをする。テスト前という事もあってか、十分並んでも順番はやって来ない。しかし、それがうまい具合に私と彼との間に会話を生みだしてくれた。
「お、空いた。」
「空いたね。」
 ようやく順番が回ってきて、私はルーズリーフを取り出して彼に差し出した。当然の様にニカっとしたいい笑顔でお礼の言葉が飛んできた。唯一毎回授業にだけは出ていた自分に、感謝しても感謝しきれない。
ってさ、なんであいつと仲良くなった?」
 ウィーンとコピーが唸る中、彼はあっけらかんとした表情で、特別こちらを向く事もなく尋ねた。
「なんでって。うーん、なんでだろう。なんとなく?」
「それ聞いたらあいつ泣くぞ。」
「確かに。泣きそう。これナシね、言わないでよ?」
「わーってるよ。」
 彼女が私を大切に思ってくれている事は分かっていた。きっと、私が思っている以上に、彼女は私を大切にしてくれている。言い方を変えると、私に依存している。
 彼女は昔から学年でもトップを争う美少女だった。美少女に付きまとうのはいつの時代も女の柵と相場は決まっている。彼女には仲が良いと呼べる友人が居なかった。そこで、私と出会った。後は説明せずとも理解に容易いだろう。
「じゃあさ。ブン太君はどうして付き合ったの?」
「えー、なんだろうな。なんとなく?」
「それ聞いたら絶対泣くよ。寧ろ首吊るんじゃない?」
「…確かに。これ絶対言うなよ。」
「言える筈がない。」
 私達は同じような事を互いに言った。もし万が一にもこのコンビニに彼女が居たら本当に彼女はどうにかなってしまうのではないかと恐れるほどに、彼女には私とブン太しかいなかった。
「でもさあ。人って理由じゃないんだよ。なんとなくでも、後から“好き”が追いつけば立派な理由になるじゃん。俺、あいつ好きだよ。」
 恥ずかしげもなく言ってのけたブン太に、私は初めて彼女が羨ましいと思った。彼女がいなければブン太とこうして話をする事だって出来なかったのに、それで満足していたはずだったのに。人間は欲深い生き物である。一つが満たされたら、もう一つ上を求める。まさに今の私の現状だ。
「いやだなあ。惚気?」
「惚気だけど事実だろい。」
「そっか。そうだね。」
 数十枚に及ぶコピーは、会話に丁度区切りがついた所で音を止めた。釣り銭口からは十円玉が六枚、ガシャンガシャンと音を立てて振って来る。ジャラジャラとした小銭の入った財布は酷く窮屈そうに張っていた。
「あ、今日暇だったりする?」
「今日はバイトないから暇だけど。どうかした?」
「お礼に今日驕ってやるよ。飲みにいかね?」
 思いもかけないブン太からの誘いだった。これを逃したら一生こんな機会はないかもしれない。いや、きっとない。そもそも、もう彼とこうして話せる機会だって今後ないかもしれない。そんな私にとって、断る要素など微塵にもなかった。
「一応あいつにはナイショな。」
 ニカっと、さわやかな笑顔が飛び交った。



   らっしゃい!
 ブン太に連れてこられたのは若いサラリーマンで賑う、大衆居酒屋。メニューを開いて驚いたのは値段だった。居酒屋の料理の値段に特別詳しい訳ではないけれど、破格の安さである事はよく分かった。
「あいつあんまこういうトコ好きじゃないみたいでさ。」
「まあ雰囲気にはないよね、あの子の。」
 安い分だけ沢山食べられるからこの店が好きなんだと、彼は語った。彼の場合飲む事よりも食べる事の方が比重が高いようだった。そういえば、中高時代彼の周りには常に食べ物が絶えなかった事を思い出し、なんだか微笑ましくて笑ってしまう。
「さあて。じゃあいっちょ飲むか。お前何飲むよ。」
「何だろう、ウーロンハイ?」
「可愛くねえ!じゃあ俺カシオレで。」
 私よりも幾分も女子力の高いドリンクを叫んだブン太に返って来たのは「カシオレは置いてない。」という言葉だった。当然だろう。どう考えても店の雰囲気とカシオレはありえない。何故彼はないと分かりつつカシオレを注文したのか不思議に思ったけれど、店主は慣れた口調で「いい加減にしてくれよ。うちはそういうの置いてねえから。」なんて決まり文句の様に告げた。つまり、これはブン太がここに来ると必ず行われる茶番劇らしい。
「じゃあ俺キウイサワー。シロップ濃い目ね。」
 はいよ。と店主は奥へと下がっていく。キウイサワーは置いてあるのかと不思議に思っていると、ブン太が得意げに口を開く。
「俺専用のドリンクなんだ。甘いドリンクないから無理やり置いてもらってる。」
 それから先、ブン太と色んな話をした。大学の事であったり、中高時代の部活の事であったり、ブン太の彼女であり私の親友であるあの子の話であったり、過去の話も未来の話も、一通りの色んな話をした。純粋に楽しかった。彼との会話は、楽しくてしょうがなかった。私が昔から憧れ続けてきたブン太は、そのイメージを壊すことなく、私の中で燦々と光り輝く太陽の様だった。
って面白れえ。」
 それだけで満足だった筈だった。今日、ここに来るまでは。
 知り合いになれた事、友達になれた事、名前で呼び合えるようになれた事。そのどれも、私が昔から夢見ていた事だった。酷く我がままになった自分は、きっと酒の摂取によって齎されたものに違いない。酔いが冷めれば我儘な気持ちもきっと収まる。そう、思い込ませるより他なかった。
「ウーロンハイおかわり下さい。」



 大して酒に強くない私は、案の定泥酔していた。五杯以上飲むとこうなる体質であるという事は理解していたつもりではあったけれど、実際問題理解と現実は違うものである。そこが酒の一番の怖さである。
「おーい。本当に大丈夫かよ。そんなに飲んでたか?」
「…キボジワルイです。」
「強くねえんならそう言えよな。ったく。」
 彼が甘いドリンクばかりを飲むものだから、きっと彼もそこまで酒に強くはないのだろうと私は勝手な思い違いをしていた。いくら甘いドリンクとはいえ、彼は裕に私の二倍のアルコールを摂取している計算だ。けれど彼は元気だった。
「しょうがねえから乗れよ。」
「…いいの?」
「しょうがねえだろい。」
「吐くかもよ。」
「……催したらすぐに言えよ。」
「うん。」
 彼は優しかった。私が昔から知っている彼と、何も変わらない。表面だけでなく、彼は本当に優しい。それが逆に、つらかった。変に優しくされると良からぬ欲望ばかりが渦巻いては、私に語りかける。甘えてしまってもいのではないか、と。
 少女漫画での台詞が、今なら理解出来る。いっその事嫌いになれたらいいのに、そんな言葉がしっくりと当てはまる。憧れに近かった“好き”が今形を変えようとしていた。親友がブン太と付き合っているという、同じシチュエーションを望んだ。自分の醜さを、痛いくらいに実感しながらも。
そうとうヤバイんだろ?あいつの家で休む?あいつ今日から実家帰るから家居ないし。」
「…いくらなんでもそれは不味いんじゃないかな。」
「別に変な事しなきゃ不味くはねえだろ。だったらあいつも許してくれんだろ。」
 どうだろう、そう思いつつ目先の楽に私は頷いた。彼の言う通り、私は中々に気持ちが悪かった。ちょっとやそっとじゃコンディションが整いそうにはない。これから自分の家へと帰る道程を考えると、それこそ胃の中の物が全て飛び出すほどに気が遠かった。
 ブン太の背で揺られる事五分、案外すぐに見慣れたマンションが私達の前に立ちそびえていた。
「おぅい。起きてっか?付いたぞ。」
 久しぶりに来た親友の家は何も変わっていない。私が遊びに来た頃と、何も変わっていなかった。少しホっとしていると、ブン太はベッドに私を降ろしてコップに水を注いで差し出してくれた。
「ちょっとは落ちついたろ。」
「うん。少しマシになった。」
 ブン太が気を使うなと言ってくれるものだから、私は本当にそれに甘えたようにベッドに転がった。パフっと音を立てたベッドは、私の体にフィットして沈んで行く。ふと、あの子の香水の香りがした。そして此処が彼女の家であった事を改めて認識した。私は今、親友の部屋で、親友の彼氏と二人きりなのだ。
「じゃあ鍵ここに置いとくから。俺帰るわ。も酔い冷めたらちゃんと帰れよ。」
 ブン太が心配げな顔をしながらも、私から遠ざかっていく。これでは、また振り出しに戻ってしまう。彼と知り合いになれた以前に、戻ってしまう。私は必死になって体を起して、彼のズボンを鷲掴みにした。
「うぉ、何だよ?吐くのかよ。」
「ううん。吐かない。」
「じゃあ何だよ。腹減った?」
「ちがうよ。」
 ベッドシーツから香って来る甘いあの子の匂い。それが今は少し、憎たらしい。きっとこのベッドの上で、彼女とブン太は何度となくセックスをしてきたのだろうと、そんな事を思った。そんな場所に今私がいるというのが罪悪感よりも勝る、優越感だった。いけないという事が、スリルに感じられた。
「帰らないで欲しい。」
 疑問符の浮かぶブン太にも構わず、私は彼に抱きついた。酔っているからこそ出来る事だった。酔っているというマイナスをメリットに変えられるのは、大胆になれるという事以外何もない。
「…なに。そういうつもりな訳?」
「駄目?やっぱり彼女がいるから。」
「ちげえよ。」
 全てが終わったと思った。いくら酔っているとは言え、親友の彼氏を誘惑する女を嫌ったのだろう。それも当然の事だ。第三者から見て一番ろくでもないのは、間違いなく私に違いない。
 目を堅く瞑って、ブン太に絡んでいた両腕をそっと降ろした。「ごめん。」とそう言おうとした時、またしても予想外な彼の言葉が、私の鼓膜を貫通した。
「絶対に揺らがない程俺も理性がある訳じゃない。あいつの事は好きだけど。」
「私も好きだよ。でも、ブン太君の事の方がもっと好き。もう、ずっと前から。昔から好きだった。」
 打ち明けると、彼は戸惑いがちに言った。「俺ってなんか女っぽい所あるけど、ちゃんと男だし、ヤりたいとも思うし、そこん所分かって言ってんの?」私は迷わず首を縦に振りかざした。そんな彼でも、私は好きだと思ったのだ。
「後悔しねえの?」
「するんだったらこんな事言ってない。」
「だろうなあ。」
 色んな事を考えた。今後のブン太との関係だとか、彼女との関係だとか。けれど、それもどうでもいいと思った。今さえよければ、今はそれでよかった。酔っ払っている私には所詮、今の事しか考えられないのだから先の事を考えるのは止めようと思った。意味がない。
「あいつの事ばっかり話すんだ。って。あいつにとってはとんでもなくデッカイ存在だと思う。…それでもいいのか。」
「ブン太君こそ。それでもいいの?」
 返事はなく、彼はそっと私の隣に寝そべって、私の首に腕を通してきた。そっと首筋をなぞらう指が下がり、するすると服の中へと入っていくまでにそう時間はかからなかった。
「キスして欲しい。お願い。」
 その言葉と同時に、彼の理性も完全に正しい方向性を見失ったように、ねっとりとした激しいキスの時間が始まった。激しく動けば動くほどに香って来る彼女の香水に嫉妬するように、私の右手は暴走の果てに、何かを握りしめた。



 ブン太の規則正しい寝息が隣から聞こえてくる。時刻は午前二時を指していた。結局あれから私と彼は三回のセックスをした。お互い酔っているという事もあったのだろうが、燃え上るように理性を失ったセックスをした。時折我に返り、彼が私の親友の彼氏である事、そしてその彼女の家で彼とこうしてセックスをしている事を思い出し、それが逆にスリルであって、ドキドキと胸を高鳴らせた。禁断というものは、人を興奮させるものなのかもしれない。禁断ばかりの彼とのセックスは、どうしようもなく気持ちがよかった。
 あまりにも激しいセックスに、私の酔いは再び回り始め、ぐらぐらと世界が揺れた。気持ち悪いとは思わなかったけれど、何だか全てが良く分からないふわふわとした感覚だった。
「…寝れねえの?」
「うん。ちょっとね。」
「ふうん。」
 彼の優しさは、やっぱり私には辛すぎた。ヤリ捨ててポイっとしてくれたら、幾分も気分は楽だっただろう。気遣う様に彼は、ペットボトルに入った新品の水を私に渡した。
「ありがとう。美味しい。」
 よかった、そう言わんばかりに彼は最初にしたように私の首の下に腕を通して、そっと抱きしめてくれる。私も、何かを誤魔化す様に彼の腕の中に埋まって見せた。
「なあ。」
「なあに。」
「もう一回シていい?」
「…いいよ。」
 太ももに、何かが当たっていた。さっきセックスしてばかりであって、更に酒を飲んでいるにも関わらず、彼は何度も同じことを繰り返した。あの子にも、同じようにこうやって欲していたのだろうか。優越感に劣っていた罪悪感が、ようやく勝ってきていた。
「これが、最後な。」
「分かった。」
 最後の意味は、なんとなく理解出来ていた。このセックスが終わったら、それが最後である事。もう彼とは関われない。私はようやく少し冷めてきた頭で考える。私は自分で自分の首を絞めていたのかもしれない。ブン太と知り合うきっかけは、何も親友の彼氏としてだけではなかったかもしれない。同じ授業で違う形で出会えたかもしれないし、サークルで出会うかもしれない。そんな出会いを、私は最悪なルートで辿ってしまった。もう彼と今後一切関わる事の出来ない、最悪なルートを。その時だけの快楽と、引き換えに。
、すげえ好きだわ。ほんとに。」
「うん。私もだよ。」
 彼の腕に抱かれながら、私は思う。何れ、何かしろの形でこの一回きりの関係は、彼女にバレるだろう。なんとなくだけれども、確実に近い未来に、そうなると思った。私は長年密かに思い続けてきたブン太も、大事な親友も、結果的に両方失うのだ。その場の感情でしかない、ブン太の“好き”を聞きながら、私は身を委ねる。
「ねえ。最後だからさっきよりももっと激しくシてよ。壊れるくらいに、激しく。」
「ハッ。お前ドMかよ。」
 そうすればまた酔いが回るかもしれない。酔いが回れば、きっと記憶は飛んでくれる筈だ。全てが忘れられたら、いいのに。ブン太指が、激しく私の口内と内部で暴れていた。クラっとした。これでいい。もっと酔いが回ればいいと、そればかりを考えながら、四度目のセックスが始まった。

   事実は、私の酔いが再び回った所で変わる事はない。
   明日、目が覚めたら私は全てを失うのだ。

( 20120905 )
「SOSO」企画に提出