彼女の自殺動機はざっとこうだ。 自分は異常な性癖をもっている。そしてそれを満たす事が出来ないからもう生きているのが苦しいというのだ。どんな性癖かと聞いてみて臨也は思わず本能のままに笑ってしまった。 「あたし駄目なんです普通のじゃ。レイプじゃなきゃ嫌なんです」 まだ幼さが強く残るあどけない顔で一体何を言うのだろうか。しかし臨也にはそれがただの面白い対象でしかなかった。顔と言葉の違和感がより一層事を楽しくしているようにも感じる。 彼女は沢田青葉と言うらしい。歳は17。血液型はAB。 一見誰もが疑うような美少女は感情を持たないように無機質なイメージがあり、何処か臨也に生きている人形のようだと思わせる。事実青葉は人間というよりは自分の意思を持っている人形のように冷たい表情を持っている少女だった。あまりにも年相応でないその表情がより彼女の容姿を美しく、幻想的なものに見させているのかもしれない。 「ならレイプしてって頼めばいいじゃない?君みたいに可愛い子だったら断る人もそういないだろうね」 「そんな事はもう何度も試しましたよ、奈倉さん」 「ん?だったら何も今死のうとする必要なんてないんじゃないの?」 「所詮は偽善レイプ。彼らには凶悪さが足りない。あたしが求めるのは本当に犯される事なんです」 彼女は狂っている。この会話でそれは瞬時に理解することが出来るだろう。 青葉は事の経緯を話し始める。まるで何かを急いでいるように、死に急いでいるように。臨也はそんな青葉を一度正面から映し出すと嫌な笑みを模ってから口を開いた。 「まあそう焦らずにさ。時間はたっぷりあるんだ。お茶でも飲みなよ」 「あたしは早く死にたいんです」 「死にたいと思うんならお茶をすする時間くらい惜しくないだろ?」 「惜しいですよ」 「・・・それはどうしてだい?」 自分で聞いておきながら、この時既に臨也には青葉の口から紡がれるであろう答えの言葉を知っていた。 「犯されたい願望と満たせない欲望が混ざり合って苦しいから」 一刻も早く死んでしまいたいのだと青葉は言う。でもどうして彼女は一人で死ぬ事をしないのか。臨也は青葉に問いかける。すると青葉は本当に常人からは見当もつかないような理由を口にするのだった。 「この世にあたしを犯して犯して犯しまくってくれる人が居たらどうしようって」 そんな素敵な人がこの世にまだ存在しているにも関わらず死んでしまったのであれば死んでも死にきれない。きっと化けて出るだろうとも言った。 死にたい願望がありながらもどこか一歩踏みきれないでいたのだ。そんな青葉は臨也と出会った。 彼と知り合ったとある掲示板で、彼は死にたいと言っていた。そして青葉もそんな彼の意見に同意見だった。そして話は進み、一人では死にきれないと言う二人は一緒に死のうという結論に至り、現状に戻る。 しかし現れた男はどうみても死にたがっているような人間ではなかった。青葉は男の顔を見たその時に確信していた。でもだからと言って裏切られただとか、嘘をついたのねだとか、ましてや一緒に死んでもらうから、なんて言うつもりは毛頭なかった。青葉が欲しかったのは一緒に死ねる人間ではない。自分には死が相応しく、それしか欲求を満たす方法はないのだという選択肢を“本当の理由”として他人に認めてもらいたかった。ただそれだけだった。 「奈倉さん。あたし、死んでもいいんですよね?」 青葉は無表情で臨也に尋ねる。その瞳には死ぬ事への恐怖も、憧れも、喜びも、何もなかった。 「そうだね。死にたいなら死ねばいいと思うよ」 臨也の言葉に青葉はようやく笑った。柔らかくて、何処か安心したような、待ちわびた幸福がようやく訪れた様に笑ったのだ。臨也は思う。この女は本物であると。 とある掲示板で自殺願望者と自らを名乗り他の人物を集める。臨也は何度か同じ手法でオフ会を開いていた。 しかし実際集まってみて“本当に死にたがっている”人間は未だ嘗て誰もいなかった。基本的に集まったのは自分を可愛がり、結局は“あたしは死ななくてもいいのだ。やっぱり死ぬべきではない”そう自分に言い聞かせる為だけに、要は自分の存在意義を見出す為に自殺がしたいと言い始めただけの人間ばかりだった。最初から死ぬ気はないのである。 だがこの沢田青葉という女はどうだろうか。彼女は本当に“死”を望んでいる、臨也はそう思った。 死ねばいいと突き放したように言った時の彼女の表情がそれを物語っていた。 「でもさ、もしも俺が青葉が望むような“レイプ魔”だったらどうする?」 「もちろん死にません。それが“本物”であるなら」 「そう。俺は生憎自分がその君が言う“本物”かどうかはわからない。だからちょっと試してみない?」 「もし偽物ならあたしの時間が無駄に延ばされる」 「ただもし俺が“本物”だったら君は死んでも死にきれない。化けて出るんだろ?」 青葉は臨也の言葉に暫しの沈黙を生産する。何かを考えているようだった。頭の中で目の前にいるさして凶悪そうでもないこの男が自分を滅茶苦茶になるまで犯している、そんな事でも考えているのだろうか。 一連を想像し終わった後、青葉はある条件を提示した。 「いいですよ。奈倉さん、あたしを犯して下さい」 そして、やはり何処か臨也を信じていない青葉の最もの言葉。 「ただし奈倉さんが“本物”でないと判断したら、」 「したら?」 「貴方の手であたしを絞め殺して下さい」 それが異常なまでの性癖を持った少女の異常な交換条件だった。 臨也は異常なまでの残酷な手法で青葉を酷く、激しく、犯していた。 そしてそれに青葉も悦んでいるように啼いた。先ほどまでまるで人間味を帯びていなかったはずの少女が、ベッドで犯される事によって酷く人間味を帯び、そして誰よりも自分の欲求に忠実な人間にみえた。 「奈倉さん奈倉さん奈倉さん、もっと、もっと、下さい」 「何を」 聞いておきながらも臨也はまた知っているのだ。この女が望むものなど、それは容易く。 ここで「愛が欲しいです」とか「貴方のペニスをあたしの中にぶち込んでかき乱して下さい」なんて言おうものなら本当に殺してやってもいいだろう。目の前の美少女にそんな事を言われたのであれば自分の手を罪で染めるのも悪くない。元々染まっているこの手くらい惜しくはない。そんな事を思わせる少女だった。 「死の恐怖を。殺されるかもしれないという恐怖を」 臨也は笑う。やはり彼女は狂っている。自分の予想通り、いやそれ以上に狂っているのだと。 「ねえ、そんなに言うと本当に俺は君を殺しちゃうかもしれないよ」 「それはそれでいいんです。きっと殺される瞬間の恐怖はどの瞬間よりも快感だろうから」 「狂ってるなあ。本当に殺したくなる」 臨也は目の前のまだ幼い少女を本当に殺してやりたくなった。それは彼女をこの世から消したりたいという感情から来るものではなく、それが彼女のどうしようもない願望であるのなら叶えてやりたいと思うからだった。青葉も狂っていれば、臨也も狂っていた。やはり類は友を呼ぶとでもいうのだろうか。 白くて柔らかい、本当に文句の付けどころもない絶世の美少女を汚していく。別に何をした訳ではない。レイプという本当の目的は達しているとは言えない。近い事をしているという事実はあっても、臨也は自分のモノを彼女に与える事はなかった。 「奈倉さん・・・もっと!もっと!あたしを犯して」 「次は何がいいの?」 「記憶が無くなるくらい、死んでしまうくらいの事をされたいです」 「クレイジーだねほんとうに」 臨也が自分のモノを青葉に入れずとも、青葉は満足そうに啼くから。青葉自体にはペニスを強引に突っ込まれるという事がレイプと繋がる訳ではないらしい。彼女にとってのレイプ、または“本物”とは死を恐怖を感じさせてくれる一つの性癖なのだ。彼女の性癖はレイプなんかではない、それは“殺してくれるプレイ”であるのだ。 「青葉を殺してみたいなあ」 すると青葉は快楽に目を細めながらも首を振る。 臨也は問いかける「あれ?死にたいんじゃなかったの?殺されたいんじゃなかったの?」と。しかし青葉は言う「さっきまではそう思ってました。でも今は違う、貴方は“本物”だったから。あたしはまだ死ねない」と。 彼女は余計と臨也の殺害意欲を増すような事を囁いた。 「例えばその異常な性癖を作り上げたのが、他の誰でもない、俺だったとしても?」 臨也の言葉に青葉は再び無表情な、あの人形のような表情を映し出して黙り込んでしまった。 青葉の異常な性癖を臨也が作り上げたのは今から半年ほど前の事だった。たまたま街を歩いている青葉を臨也は目撃した。何の変哲もない、絶世の美少女という点を除いてはごく普通の高校生であった青葉を見て臨也は思う。この女が強引に犯されたらどんな顔をするのだろうか。単純に見てみたいだけだった。 思い立ったら自分の欲望を止める事の出来ない臨也はその日の内に青葉を数人の男に襲わせた。 その行いの一部始終を収めた映像を見て臨也はどうしようもない青葉の姿を見た。きっと処女だったのだろうと思わせるウブな表情、そして啼き声、全てが全て初々しかった。苦しみに泣きわめく青葉を見ているのは酷くそそられた。 それから半年が経ち、話は現在に戻る。 青葉が今日ここに来たのは狙ってやった事ではなく、ただの偶然だった。いくら情報屋であるこの男でも知らない事はこの世にごまんとある。しかし到来した偶然に彼は感謝すらしていた。 「俺が青葉をあの日見つけなければ、こんな性癖に悩む事もなかっただろうにね」 半年前とは変わり果てた少女の姿に臨也は本当に満足げに笑った。 だからこそこの事実を言えば彼女は泣き、そして自分をどうしようもない憎悪で睨みつけてくるのではないだろうか、臨也はそう思った。少なくとも自分のせいで青葉が死にたいと思うくらいに厄介な性癖を持つ事になってしまったのだから。 でも彼女は違った。少しの沈黙を挟むと、笑った。 「例えば奈倉さんがあたしのこのどうしようもない性癖を作ったのだとしてもあたしはちっとも恨みなんかしませんよ。だって貴方が作り上げたこの性癖を今貴方が満たしてくれているんですから。寧ろ感謝するくらい」 やはりこの女は全てに関して“本物”だった。臨也はそんな事実だけで達してしまえそうだった。 「全く。犯しがいのある子だね」 青葉の白く柔らかい肌にチクリと刺さったナイフが、血を滲まし、臨也はそれを綺麗に舐めとった。 「俺のモノがなくてもイキそうな君は少し嫌いだけどね」 それからも頻繁に二人は会い、犯す犯されるというその関係だけを育んでいた。 今日も青葉は啼く。自分の欲求に素直なまでに酷く啼いた。何も変わり映えのない二人の日常の中にそれは組み込まれていく。犯せば犯すほどに青葉は綺麗になっていった。欲求を満たしてやる毎に本当に綺麗になっていった。 「奈倉さん」 「あれ?俺本名教えた筈だけど」 「いいんです。別に名前なんて」 「俺は呼んで欲しいけどね」 彼女の性癖を満足させるだけの情事を終えると、自らの裸体を恥ずかしがるどころかシーツで覆う事もなく、青葉はベッドを離れていく臨也に声をかける。 二人の関係は、犯す・犯されるという関係でしか成り立たないもの。そこに愛は必要ない。 情事が終わればラブホテルを出る。これは考えれば考えるほど当然のことだ。愛し合っての行為ではない二人にとって、情事の後のピロートークなど必要のない事だ。作業が終わればそこで服を着て終わり。欲求を満たしあうだけのドライな関係。 「もう帰るんですか?」 「まだ足りないとでもいいたいの?本当にこれ以上やったら俺は青葉を殺してしまうよ」 「そうじゃないんです」 「じゃあ何?もう今日は三回も犯した訳だけど、あんまりやり過ぎると俺もポックリ逝くかもしれない。俺は青葉が思う程若くはないからね。体力ないんだ」 「違う。違うんですよ、奈倉さん」 青葉はブンブンと首を振るう。そんな姿さえ、臨也には愛おしく見える。だから彼女の欲求を叶えてやりたくなるのだ。如何に自分の体が限界を迎えていようが青葉が望むのであれば望む全てのものを与えたくなる。殺してほしいと言われれば殺してやりたくなる。青葉の望む事、全てを叶えてやりたいと思うのだ。 「キス、して欲しいんです」 臨也は予想にもしていなかった青葉の言葉に思わず笑った。キス?何故だと。 二人の関係に愛は必要のないもの。それは互いに理解していることでもあった。だからこそキスなど必要のないものだった。そもそも犯されたい彼女にとってキスなどという愛に溢れた行為は性欲を萎えさせてしまうものだろう。臨也はそんな考えから青葉にキスをしなかった。一度も。何百回か何千回か、もう数え切れない程犯し、性的な関係を持ってもキスだけは一度だってしたことはなかった。 そんな彼女が今更どうしてキスなどを望んでいるのだろうか。臨也には疑問に思えて仕方がない。 目を瞑って何かを待っている青葉に臨也は近づいていく。今までした事のないキスという行為に内心戸惑いを感じながら。 そっと触れた唇に、いかにも自分らしくないと臨也は苦笑した。ついさっきまで目の前にいる女を残酷なまでに犯していたにも関わらず、キスをすることがこんなにためらわれる事だとは。こんなに柔らかく、優しいキスをしてしまうとは。 「もうこんな関係、終わりにしませんか?」 青葉は再び謎めいた言葉を紡ぐ。 「どうして」 「あたし、どうやら性癖が変わってしまったみたいなんです」 あれだけ異常な性癖が簡単に変わってしまうとは考えにくい。しかし青葉が嘘をついているようには見えなかった。ならば一体何だと言うのだろうか。どうしてキスなんか強請ったのだろうか。まるで意味が分からない。 「臨也さんに愛されたい。愛に溢れたセックスがしたいです」 この女はやはりバカなのかもしれない。臨也は思った。青葉のその願望が既に満たされているという事をこの女は知らないのかと。本当に愚かだ。哀れだ。どうしようもないバカだ。 愛に溢れているからこそ、彼女の異常なまでの欲求に臨也が応えていたという事を知らないのだから。 「全く。犯しがいのある子だね」 あの時と、同じ言葉は無機質なラブホテルの一室で木霊する。 「臨也さんのモノがないとイケない体になりました。責任、とってくれるんでしょ?」 二人がキスを再び交わすまで、時間は必要なかった。 20100519 |