「そのゴミ捨てといて。」 何気ないその一言に、私はきっと久しく使っていなかった頭を回転させ、考えを巡らせた。掃除当番の私に向かって、クラスメイトがゴミと渡してきたそれを見て、私はそれを手のひらの上に置いてみつめた。ビーズのあしらわれた、その髪飾りは、いくつかビーズを散らしながらも、今尚その可愛さを留めている。勿体ないなあなんて思う私は、貧乏性なのだろうか。少し悲しくなりながらも、私はその髪飾りをゴミ箱の中へと投げ入れた。 ゴミと認識する感覚、ものは、人それぞれに違うのである。私は改めて、そう思い知った。 「君がこんな時間まで残っているなんて珍しいね。。」 意味もなく、一人で机で暇を潰していた所に、彼は現れた。まあね、なんて在り来たりな言葉を返した私に構う事無く、彼は私の隣にある机に近づくと、その中から一冊の本を取り出して、鞄の中へと丁寧に閉まっていく。 「少し、忘れ物をしてしまってね。」 「それは珍しい事。」 「人間なんだから忘れ物くらいするよ、普通。」 「ああ、まあ確かにそうだけど。」 ぼんやりとして見えて、一遍の隙すら見せない男にも、初歩的なミスをすることがあるのだなと思った。きっと、他の人よりも多分に彼を知っている私でさえ、不二の隙を知りはしない。近くに居て尚、窺い知ることの出来ない人間であると何年経ってもその考えは変わらない。 「そんなに不思議がらなくてもいいじゃない。」 「不思議だよ。だって私、未だに不二の事よく分からないし。」 「そう?それは残念。結構には隙を見せてるのにな。」 よく言う、そう言った後に私は笑ってしまった。ありえない。私が不二に隙を見せていたにしても、少なくともその逆は感じた事も経験した事もない。もっと彼が何を考えているかを私が理解し得たならば、今私達はこうしてただのクラスメイトになる事はなかっただろう。 きっと、人は謎めいた部分を持つ人間に少なからず憧れを抱く生き物なのだろう。少なからず、嘗ての私はそのカテゴリーに部類される。謎が多く、酷く美しい不二に、心底胸を焦がした。けれど、謎があればあるだけ、それは辛さと直結していると私が気づいたのは、思いを告げてから暫くしての事であった。近くなればなるほどに、不二が遠くに感じられた。まさに、少女漫画のヒロインが言いそうな台詞に、ようやく私は理解の意を示したのだった。 「私の回りってどうしてこう、隙のない人ばっかりなのかな。」 「手塚の事かい。」 「もちろん、不二もそうなんだけど。」 「もしつこいなあ。」 何を考えているのか分からない人ばかり、私は吸い寄せているような気がしてならない。いや、きっと吸い寄せられているのだろう。悩みの種は、いつもそこへと辿り付き、やはり私を悩ませる。何を考えているのか分からない。先ほどゴミ箱に私自身が捨てたあの髪飾り、間違いなく私であれば捨てる事はなかっただろうに、本当に皆が何を考えているのかが私には不可解すぎる。 「ねえ。」 「何だい。」 「ゴミって、要らないものって何だろう。」 「突然何かと思えば。」 「答えてよ。」 久しぶりの会話にしては酷く相応しくもなく、そしてまるでお角外れな質問だったであろう。きっと、不二でなければこんな事を聞く事もない。それは少なからず、今尚、私が彼に心を開いているという確かな証拠なのかもしれない。 「自分にとってもう今後一生必要ないもの、かな。」 当然すぎる回答に違いない。私は一体どんな答えを望んでいたのだろうか、今自分でもそれが分からない。自分にとってのゴミとは何かを考えた時に、やはり不二が言ったようにそれが至極道理に違いがなかった。ただ、そのゴミになり得るものが、人それぞれに違うというだけで。 「じゃあ私は不二にとって一生必要ないものだったから、捨てられたのか。」 「もっと悲しそうに言ってもいいんじゃない?」 「馬鹿。私もう立ち直ってるし、引きずる程重たくないし。」 「僕は、そう言われると少し哀しいけどね。」 自分で振っておきながら、と私が悪魔!と言えば不二は本望とでも言わんばかりに笑った。やはり、私は彼の思考には遠く及ばない。今も、昔も、不二は変わらず私に何も掴ませる事はない。 「僕のせいでは妙な勘繰りが得意になったみたいだね。」 一体今になって何を言っているのだろうか。彼の言う事は正しい。私が不二と過ごした時間の過程で、私は得る必要すらないものを、沢山身につけてしまった。変な勘繰りをしてしまう事が、いつしか私の分身のように私に付きまとう様になった。違う事無く、不二と付き合う事で出来た耐久である。要らぬものを、無意味に背負ってしまった。 「いつ、手塚に僕がしたように捨てられるんじゃないかって不安なんだろう?」 「不二ほど無責任に捨てたりはしないだろうけど。」 不二の振り方がどんなものであったのかを、私はもう思い出せない。思いだすのが辛すぎて、思い出すのを止めた。その内に記憶は薄れていき、マインドコントロールの内にデリートされていく。嘘だ、私はあの振られ方を生涯忘れる事はないだろう。 「ゴミはゴミでも、苦渋の末にゴミになるものだってある。例えば、今度手塚が留学する事と彼女のを比重にかければ、どちらかがゴミになってしまうだろう?」 言って、彼は「何か可笑しな事を言ったかな。」そう私を覗きこんだ。私が何を今考え、そして何に怯え、何を求めているのかを、最初から彼は知っていたのだと今になって私は理解を追いつかせる。隙がないだけでなく、人の隙に付け込むのも上手な男。ますます、不二という生き物が私には理解に苦しい。 「そうやって私をゴミ扱いするのが趣味なんだね、不二は。」 「とんでもない。いつ、僕がをゴミ扱いしたって言うんだい。」 「いとも簡単に捨てたくせによく言う。」 「あれは、君の僕への気持ちを確かめただけだよ。それくらいで離れて行った君も悪くない訳ではない。」 「なにそれ。本当に最低、悪趣味も対外にしなよ。」 どれだけ酷い振られ方をしても、私は不二から離れる事もしなければ、嫌いになる事もなかった。自分でも不思議になるほどに、それは一定のラインを境にブレる事無く私の中で安定を見せる。 「捨てられるのが怖いんだったら、その前に僕の所に来てみるのも一つの手じゃないかな。」 その先がないと、分かっていながらも少なからず私の心は揺れ動いていた。信じたくもない、その振動に、何度も拒絶の念を送り続けたけれど、どこかぼんやりと薄れて行った。 手塚との未来がない事は、薄々分かっていた。彼ほどの腕ともなれば、留学をしない事の方が寧ろ可笑しい事なのだろう。今まで日本に留まっていた事の方が異常だったのだろうと思う。そんな彼にとっての唯一無二の存在は私ではなく、そして私はきっとその比べる対象に上がることなく、先ほどの髪飾りと同じ運命を辿る事になるのだろう。 「また捨てられるのがオチと分かっいて?」 「悪い話じゃないと思うけど。」 「そこまで私が馬鹿になったら、不二の手で私を捨ててね。」 それこそ、本当に私はゴミとして捨てられる価値しかないものになるだろうから。先が見えて、そこが明るくないと知っていながらも飛び込む頭の悪い生き物に為り下がるのであれば、それは違いなく“ゴミ”の塊であろうから。 「馬鹿になればいい。僕が何度でも捨ててあげるよ。」 「ほんと、最低だね。」 本当に手塚の事が、好きだった。だからこそ、私は耐えられなかった。彼の手で捨てられるのが、私には耐えられない。例え、捨てられないという選択肢が僅かにも光を見出していたとしても、私にはこうするしかなかったのだろう。 不二の、一遍の隙もない、見えないそれに、私は再び溺れてしまった。私はあの頃から何も成長出来ない。見えないそれに、苦しまされた筈の私は、やはり同じものに酷く導かれ、引かれてしまう。一歩、近づき、何事もなかったように自然と唇が重なった。酷く、懐かしい味がした。 トプシー・ターヴィー / 2012不二誕 |