new day 4.
足りない言葉 / 後編


 リョータは一度立ち上がると風呂場へ向かい、キュッと音を立ててこちらへゆっくりと戻ってくる。先ほどとは打って変わって彼の視線はしっかりと私を捉えていて、離さない。あまりに真っ直ぐすぎて、私が逸らしそうになる程に私だけを映し出している。
「…リョータ、」
「あとで一緒に入ろっか。」
 私が何と言うのかを既に察知しているのか、言い切るまでもなく返事が返ってきた。いつも私の意見を一番に優先してくれるリョータにしてはやや強引で、普段と違う彼の一面に心音が煩い。それはリョータ自身が言っていた彼が『男』であるという証明のような気がしたのだ。
 緩く柔らかい唇を何度か触れ合わせながら、どんどんとリョータを受け入れていく。つい数ヶ月前には考えられなかったようなこの状況に、どこか気恥ずかしを感じながらもとても心地がいい。
「まだ寒い?」
「少しだけ、」
 布団に挟まれた私とリョータの間には少しばかりの隙間が存在していて、やや空気が冷たい。
 どうするのかと思えばリョータは寒いと言った私の腰紐を解いて、バスローブに包まれていた体を解放する。一気に訪れた寒さと同時に、リョータの私と大差ない冷たい素肌が隙間なくピッタリと覆われていた。人肌とは不思議なもので、冷たい体と体でもしっかりと暖を生むものらしく、心地のいい暖かさを生み出していた。
「……あったかい。」
「ならよかった。」
 暫く何もせず二人で暖を育むように肌を重ねていた。何もせず、何も話さず、互いに心臓の鼓動を感じるだけのとても静かな空間が妙に安心させられる。余裕のあるように見えるリョータの心音が、バクバクと私の皮膚を通じてしっかりと伝わってくるのが妙に愛おしく思えたのだから。
 暫くするとゆっくりとリョータの左手が私の指の隙間を埋めるように力強く絡み、唇を沿わせながら徐々に降っていく。下から掬い上げるように持ち上げるとその頂に舌を沿わせて、転がしながら時々私の反応を見るように、じゅっと音を立てて吸い上げた。
「イヤじゃない?」
 先ほどまであれだけ強気だったのに、こういう所でリョータの本質的な優しさや気遣いの精神が出るのだろうと思うと少しだけ可愛い。そのままを言葉にすればいじけるのは必至なので口を噤んでおく事にした。
「……イヤじゃないよ。」
 聞かれた通りに回答すると少し安堵したのか、まるで何かを探し当てるように私の反応を見ながらリョータの唇が彷徨っていた。冷え切っていた筈の体は、今度は熱を帯びたように熱く感じられる。
 一度確認をするように体を起こして私を見下ろしたリョータは、ゆっくりと右手を下方へと滑らせながら布地の中に入り込んでくる。もういっその事、全てを脱がされてしまった方がいいと思う程の羞恥心がそこにはあった。
「もしかして気持ちよかったの?」
 私をしっかりと視界の中に映し出しながら、指で探り出した滑りに暫く指を遊ばせるとそんなストレートな感情がそのまま言葉として私に投げられていた。これが私を辱める為の内容ではなく、安堵と喜びからくるものだと分かっているからこそ余計と私自身も恥ずかしい。
「……引く?」
「引く訳ないでしょ……死ぬほど嬉しいに決まってる。」
 これ脱がせてもいい?一応の確認を取ったリョータは私の頷きを確認してから下着を下ろして、膝裏に手を回して膝を立てるように開く。
 何度かゆるゆるとなぞる様にしながら確認をすると、その滑りを利用してリョータの中指が側壁を伝って中程へと入り込んでくる。私の表情を逐一確認するという工程を踏んでからすっぽりと飲み込まれた中指の関節を曲げて押し付けるように動かし始める。
「…痛くない?」
 そう尋ねてくるリョータの表情が私が普段知っているリョータとはあまりにかけ離れていて、どこか余裕がなさそうに見えて私の余裕までも奪っていく。
「平気だから……もっとして?」
?」
 精一杯の本音を込めて、そしてこれ以上聞かれては羞恥心に潰されそうになるからと嘘偽りない希望を詰め込んだ。
「気持ちいい…から、もっとして欲しい…」
 何かの糸が切れたように、今までずっと私に確認を取っていたリョータが中指と人差し指で規則正しい早いリズムを作り上げながら、やや強引に探し当てるようにしている。
「…ぁあ、やっ、あ、あ…」
 こうなると分かっているのに、自ら欲するような言葉を発した事に今更ながら恥ずかしくなって腕を顔に当てると、腕はすぐにリョータによってベッドに縫い付けられる。
「ちゃんと全部見せて?」
 切ないような色っぽい顔で言われてしまえば抵抗するだけの力が入る訳もなく、どんどんと力が抜けていく。男らしい彼の指を咥えているその上で形を露わにしているそれに口をつけたリョータの舌先がなぞる様に上下に揺れる。
「んぅ…あっ、リョータそれダメ…!」
 同時に違う方向から齎される強い刺激にじわじわと腹部の中心部が疼くような感覚から、無意識ながら腰が逃げるように浮くとしっかりとリョータの力強い腕がそれを再びマットレスへと押し付ける。逃げ場を失った分だけ込み上げる感覚に集中せざるを得なくて、そこからの展開は恐ろしい程早く、そして深い快楽を植え付けた。
「…ひゃ、」
 ずるりと指を抜き出したリョータはなぞる様に付近を下から舐め上げて、わざとらしく突起の部分で止まるとちゅうっと吸い上げてから顔を上げた。
「ねえ、」
「…ん?」
「挿れてもいい?」
 熱を帯びながらもどこか脱力したような感覚に一瞬頭が回らず、ワンテンポ遅れてから頷くとそれが合図だった様にリョータの手がベッドボードに伸びている。私の目の前にはリョータの胸板と腹筋がしっかりと映し出されていて、改めて彼が『男』である事を知らしめられた様な感覚になった。大学に入ってからウエイトも増やしていると聞いてはいたが、実際目の当たりにすると女である自分との違いをはっきりと感じられる様な気がしたのだ。
「挿れるね?」
 ゴムを根元までつけてからそう言うと、リョータは一度ふぅと息を吐いてから膝をついてその質量を埋め込んでくる。一度最奥まで達すると馴染むのを待ってからゆっくりと動いて、体勢をこちらへと近づけてキスをしてくれる。
 今までもずっと近かったリョータの距離がいつも以上に近いような気がして、フィジカルもメンタルもこれ以上なく満たされたからなのかもしれない。するりと、自分の口から言葉が漏れ出すように放たれていた。
「大好き、」
 更に質量が増したような感覚と、同時にリョータの動きが止まった。





 めちゃくちゃ気持ちよかった反面、ベッドに沈み込んでもう顔を上げたくないくらいの気持ちも強い。彼女は気にしてない様だけど俺はめちゃくちゃ気になるし、多分これから一生忘れる事はないんだろうと思うとめちゃくちゃ凹む。
「リョータ。」
 ゴムを外して片結びする。それをゴミ箱に投げ入れると見事一発でゴール。ベッドの上に転がっていたボクサーパンツを履いてベッドに転がるとがピタっと引っ付いてきて、あ〜やっぱめちゃくちゃ可愛いなと内心思いつつ、記憶から揉み消すことの出来ないさっきの出来事が脳裏を掠めていく。
「……ごめん。」
「なんで謝るの?」
「そりゃあ……」
「もしかして彩子の事思いながら…とかだった?」
「いやそれは断じてない!ない、けど……」
 けど?と復唱した彼女に、やっぱり情けなさが勝って思わずため息が漏れる。こういう時、自分の経験のなさを不甲斐なく思う。好きな相手を一途に想い続けてきた自分に対しては誇りに思うけど、好きだからこそかっこ悪い所なんて絶対に見せたくないのが男の心理だと思う。
「……下手だったでしょ、俺。」
「そんな事ないよ?」
 それは彼女の心からの声だったのかもしれないし、きっとそうなんだろうと思う。こうして行為が終わった後も甘えてくれている訳だし。でもこれは俺自身の問題であって、俺が納得できていないんだから仕方がない。というかどうしようもない。
「リョータがいいし、リョータじゃないとイヤ。」
 なかなか自分から甘えてこない彼女からこうして甘えてくれるのは幸せ以外に他ないけど、それ故に不甲斐なさを帳消しにする事は出来ない。また次も同じ状況になったら?と考えると、体がこわばる様な気がした。
 誰にも見せない表情で俺だけを求めてくれているようなそんな顔で「大好き」なんて言われたら堪らない。どんなシチュエーションよりも一番俺の体には効く訳だけど、まさかそのまま欲望が吐き出されるとは自分でも思わなかった。
「今までで一番気持ちよかったし……」
 小さな声で彼女はそう打ち明けてくれて、素直に嬉しく思う。男って繊細だけど単純だ。けれどその言葉を噛み締めて咀嚼しようとして、気づいてしまった。一番という事は、彼女には俺以外にも比較する対象がいるという事だ。
ってさ、」
「なに?」
 彼女の歴代彼氏は漏れなく全員知っている。高校時代は同じクラスメイトの中にもいたし、大学に入ってからも彼女から聞いていたので一通りは知っていた。彼女に今まで彼氏がいた事なんて当然のように認識していた筈なのに、急に表現しようもない何かが込み上げて頭がおかしくなりそうになる。
「……俺以外に何人とシた事ある?」
「え?」
 聞いた所でどんな答えが戻ってこようと良い事なんて一つもないと分かっているのに、どうしても言葉を止めることが出来ない。怖いもの見たさで、知りたくもない事を聞いてしまった。もうこうなると嫉妬に歯止めが効かなくなる。今は俺の彼女という揺るぎの無い事実があるのに、独占欲でどうにかなりそうだ。
「ちょ…リョータ!やめてって…んぅ、っん…」
 自分でも自覚してしまうくらいに醜い嫉妬は良くも悪くもさっきの失敗を一度頭の中から消し去り、もう一度自身が奮い立つのを感じていた。
 確認するようにもう一度彼女の下腹部を指でなぞるとまだ緩い粘り気が残っていて、上下に引き伸ばすように広げてから再び中へと指を割り入れる。暫く弄っていればぐちゅぐちゅと音を立て始めたので、予備で用意されていたコンドームに手を伸ばして口元で封を開ける。
 太ももまで引き下げたボクサーパンツから勢いを付けて出てきたそれにもう一度コンドームを巻き付けるように根元まで下ろして、指を抜き出したのと同時に押し進めた。
「…んっ、……どうしてこんな急に!」
 思い出す必要もないのに、つい思い浮かべてしまって余計と嫉妬に狂いそうになる。彼女が今まで付き合ってきた男には長身が多く、自分とはタイプの違う男が多かったと。自分だけの『特別』が欲しかったのかもしれない。暫く考えて、挿れたまま彼女の腕を引いて起き上がらせる。
「なに?」
「いいからこっち、俺の方に来て?」
 体勢を起こした彼女の体を抱き上げて垂直に降ろしてみると、ちょうど彼女と同じ視線で向き合う様な体勢になっていた。引き寄せてキスをするとちょうどいいフィット感で、腰を前後に揺らすとなんとも言い難い快楽が襲ってくる。
「……こういうのもした事あるの?」
「な、ない!あっ…ぁ、」
「ほんとに?」
「ほんと…ほんとだから、リョータが初めて…っ、」
 その言葉が俺を満たしていくのをひしひしと感じ取りながら、少し自分の体を倒して彼女と繋がっているのを確認するように下から持ち上げると想像以上のの乱れる声が耳を劈いて何も考えられなくなりそうになる。
「……気持ちいいの?」
「お、おく…奥にあたってる…か、ら!」
「こう?」
「ぁあっ、あ…」
 俺の上で乱れているその姿を独占しているような気持ちになって堪らず体勢を起こしてぎゅうっとを抱き寄せてキスをする。何度か彼女の腰を前後させると、なんとも言えない充足感に包まれた。