三井くんは分かりやすいようで、一周回ってよく分からない。彼の中の常識と非常識がいまいち判断し難いところがある。根本的なところで言えば、多分性格はいい。誰とでも仲良くできる柔軟性を備えている。そして、思っている事が何のフィルターも通らずにダイレクトに出るタイプの人間らしい。私とは真逆と言っても過言ではない。
「あ、あの……」
「あ?」
「その今日はなんでまた……?」
「食事くらいいいだろ。」
「うん、いいんだけどさ。」
 大学のクラスメイトの三井くんは、こうして週に一度私を食事へと誘う。もうお酒も飲める歳なのに、居酒屋に連れて行かれた事は一度もない。ちょっとお洒落なレストラン。もちろん三井くんの奢りだ。部活の練習も夜遅くまでやっている筈なのに、お金の出どころは一体どこなんだろうか。聞いた事がないので、永遠にそれは謎のままなのかもしれない。
「毎週食事行くようになってからどれくらい?」
「あ〜、半年くらい経ったか?」
「そうだね、多分それくらい経ったと思う。」
 そう、この不思議な関係が始まってから半年が経っているのだ。食事に誘われた初回から半年経った今に至るまで、私達の関係性は一ミリたりとも……一ミクロンたりとも変わってはいない。
「もしかしてって思ってる事あるんだけど言ってもいい?」
「なんだよ。」
 食事に誘われるようになってから三回目までは、私に好意があるんじゃないかってそんな事を考えていた。一度だけでなく二度、三度と続けばそういう期待をしたって見当違いではないだろう。相手は学校でも人気のある三井くんだ。正直浮かれていなかったと言ったら嘘になる。
「三井くんってさ、」
「お〜、」
 半年もこの状況が続いている今、正直私にはその確証がない。一ヶ月が過ぎた頃に「まだ?」と心の内側から溢れそうになった感想は翌月「あれ?」になり、三ヶ月目に入ってから今に至るまではクエッションマークとエクスクラメーションマークが飛び散っている。謎でしかない。
「……ビーフシチューがほっぺに付いてるよ。」
「まじか?お〜助かる。」
 この調子だ。取ってくれなんて言ってくるキャラでもないし、本当にいつもこの感じで食事をして、そして解散するだけ。あまりにも発展性が無さすぎて、三井くんが何をしたいと思っているのかやっぱり一ミクロンも分からない。
「で?なんだよ言いたい事って。」
「あ〜うん……なんか忘れちゃったから思い出したら言う。」
「忘れるか?変な奴だな、って。」
 あなたにだけは言われたくないと喉まで出かかって、なんとかギリギリのところで納め込んだ。この意図の分からない食事会は一体なんなのだろうか。好きのすの字も聞いた事がなければ、スキンシップだってない。
 そもそも毎週誘って奢ってくれるのにお酒も飲まずに黙々とレストランでご飯を食べるのも下心の微塵もない。だとしたら本当にこれは何のための時間なのだろうか。それともスポーツマンにアルコールは御法度なんだろうか。全てが謎に包まれている。
「てかもっと食わなくていいのか?」
「シチューだけでも十分な量じゃん。」
「普段もっと食ってるし、割と大食漢だろ?」
「喧嘩売ってる自覚はある?」
「売ってねえだろ。」
 こうして会話が噛み合わない時、三井くんと一緒にいるんだなと実感する。全くもって遠慮がなくて、思ったままがそのまま口から出てくるタイプだ。半年間ずっとモヤモヤと解消されないまま聞きたいことを心の内側に留めている私とは正反対でしかない。
「いっぱい食べる子が可愛かったり?」
 そろそろ期待を持ち続けるのも心身ともに良くはない。他の子よりも特別な扱いをされてはいても、きっと私は三井くんにとってそういう対象ではないのだろう。半年間モヤモヤしていたものが急にスッキリしたように吹っ切れると心に余裕が出来たのかもしれない。少し揶揄って彼が困ればいい、それくらいの気持ちだった。
「いっぱい食べなくても可愛いだろ、お前。」
 想定していた返事からは程遠くて、まるで違うその言葉に拍子抜けた後に腰も抜けそうになる。この男は一体何を言っているんだろうか。冗談にしてはタチが悪いけれど、多分彼に冗談を言うというそんな洒落たオプション機能はない。
「……あの、調子狂うんだけど。」
「ほんとの事だろ。」
「意識的にしてるなら天才だね?」
 毎週食事に誘われるようになってから半年、ようやく少しばかり話が見えてきた。度合いに関しては分からないが、多分私の事はある程度好意的に思ってくれているらしい。
「まあバスケも天才的に上手いからな。」
 ならば腑に落ちる部分もある。ちなみに今の彼の返しについてはもちろん腑に落ちていない。私の言葉の本質をまるで掴んでいない返しだからだ。彼の言うように本当にバスケは天才的なのかもしれないし、恐らくはそうなのだろう。でも、多分それ以外のところは天才からは程遠いところにいる気がする。
「……間違ってたら笑ってくれていいんだけど、三井くんって私の事好きだったりする?」
 確信が持てなくて今まで言えなかった言葉だ。今も確信が持てた訳じゃない。それ以前の話で、私の事を少なくとも好意的に思ってくれているのであればこの半年が何だったのか純粋に気になったから。
「ば……お前そういうのは男から言うもんだろうがよ。」
「まあ一般的にはそうだね?」
「何で言っちまうんだよ。」
「いやだってこの半年言われるのかと待ってたし。」
「まだ半年だろ!」
 私の事を可愛いと言った時は顔色ひとつ変える事なく、冷静にビーフシチューを口に運んでいたのに。今度は慌てふためいたようにドタバタして落ち着きがない。心なしか顔も赤く染まっている気がする。やっぱり三井くんはよく分からない。可愛いは真顔で言えるのに、これはダメなのか。
「まだって……いつまで待つのこれ。」
「まあなんだ……あと一年とか、少なくとも半年は必要だろ。」
「結婚の申込でもするつもり?」
 付き合って結婚するまでの期間とかじゃなくて?付き合うまでもそんなに期間が必要なのか。どこの宗教の習わしだろうか。少なくとも私は聞いた事はないが、この質問に対しては急に真顔に戻っている三井くんがいるので、やっぱり私は彼のことがよく分からない。
「付き合うにはそれくらいの真剣な気持ちが必要だろ?」
「……冗談で言ったんだけど。」
「冗談?世間の常識だろ。」
 どこの世界の……いつの時代の常識なんだろうか。私の常識にはそんな情報はないし、そんな「当たり前だろ」という顔で変なモノを見る目で私を見ないでほしい。多分、否、間違いなく今私は目の前の男に好きだと告白されているも同然な訳だけど、この妙に納得のいかない状況はなんだろうか。
「じゃあ本当に私の事好きなんだ?」
「おう。好きに決まってんだろ。」
「へえ?」
 あ、ここもなんて事もない顔して返事が出来るんだ。本当に三井くんはよく分からない。でも、わかった事もある。自分と同じ思考性を持っていなくても、それは人を好きになる理由になり得るということだ。私と似ている部分を微塵にも感じない三井くんに、結局惹かれているのが何よりの証拠で答えだろう。
「なら早く彼女にしてよ。」
「あ?」
「今すぐにして。」
 あれだけ真っ直ぐに私の事を好きと言った三井くんの狼狽える顔は、私の新しい趣味になるような気がしている。ビーフシチューを一口掬って口に運ぶと、さっきよりも甘みが引き立って口角が上がった。


ゆらぐワンダー
( 2023’11’12 )