徐々に体調が悪くなっていく自覚があった。確実に、死に向かって時が走っているのだろうと思う。あとどれくらいの時を私は生きていくことができるのだろうか。一つの基準とされている二十五歳になるまで、あと三日だった。私よりも年が上だった冨岡と不死川は去年の末に二十五を待たずして死んでいった。それは、少し先に待ち構えている私の現実だ。
 世の中は本当に平和になった。鬼に怯える生活は終わり、長閑な時間が続いた。私も自分の人生に悔いを持たない為にいろんな事をしてきた。しばらくの間は本当に数年後私は死ぬのだろうかと思うほど体に異変はおきなかった。宇髄と時間を惜しむように色んな所に出向いて、思い出を作った。本当に幸せな時間だったと今になって実行に移しておいてよかったと思う。
「具合はどうだ。何か食いたいもんあるか。」
「ううん。食べ物はいいから、冷たい飲み物がほしいな。今日あっついから。」
 ここ最近は以前にも増して宇髄はやさしかった。口にする事はせずとも、私の死期が確実に近づいているのを嫌でも察知しているのだろう。思い残すことがないように、最善を尽くしてくれる。
「俺に風仰がれるとかまじお前贅沢だな。」
「確かに。いい眺めです。」
 半年ほど前に、冨岡の訃報に続けて不死川の訃報も耳に届いた。同じ条件下にいる私にとって、それは少なからず恐怖だった。自分の人生が短い事に対しては理解もしていたし、覚悟もしていたがそれがより具体的な話になってくると体は震えた。覚悟があっても、死は怖かった。
 それからより具体的に死について考えるようになった。まだ体の調子がいい間に、できる事をしようと思った。温泉巡りに始まり、色んな寺院にも行ったし、ご当地品を食べるために足を伸ばして色んな所に行った。何か行動に移しているときだけは、少し先に待ち受けている恐怖から解放された。何もしていないと死について嫌でも考えてしまうのだから、可能な限り彼を連れて色んなところへ出向いた。
 それが、今はこの様だ。自分で立ち上がるのさえ、苦痛に感じられる。前のように足を伸ばして彼と色んな所にはもう行けない。死期が、色濃く感じられるようになった。
「あと三日か。お前も随分なおばさんだな。」
「おばさんとか酷い。私より年上な天元は立派なおじさんだね。」
「顔見てから言えよ。」
 すべての戦いが終わってからやってくる自分の誕生日に、どこか怯えていた。自分が死ぬまでの時間を指折り数えているようで、気持ちが落ち着かなかった。そんな私の気をそらす為、彼は毎年派手な色合いの着物を送ってくれた。こんなにも派手なものを着て歩く自信がないと言えば、俺が隣を歩けば目立たないだろと言って特別な日はその着物を着て歩いた。
 今までに四着の着物を彼から贈ってもらった。平和になってから、それだけ時間が経過しているという事だ。私は五着目の着物を彼から受け取ることができるのだろうかとふいに考える。受け取ったとしても、私がそれに袖を通して歩くことはできない。
「今年は暑いね。蝉が鳴くのももう少しかな?」
「言う間だろ。もう時期に夏だ。」
 去年の夏は、少し足を延ばして遠方へと出かけた。もはや今にしてみれば懐かしく感じる。写真館に出向いて写真も撮ったし、私の終活はかなり用意周到だった。鬼殺隊として過酷な日々を過ごしていた私に対する最後の褒美なのだと思って、全力で彼と一緒にいる事を楽しんだ。
 二ヶ月ほど前から、急に体のだるさを感じるようになった。ようやくか、と思うほど突然だった。こうして冨岡や不死川も自分の体調の変化で、死に思いを馳せていたのだろうか。私と違い、身寄りのない彼らはもっと辛かった事だろう。私は本当に恵まれている。
 私が痣を出してから四年の月日が流れていた。平和な時間が流れるこの時代で、四年というのは酷く長い。私は本当に死ぬのだろうか、と不思議に思うくらいの日々が続いていた。
「たまに思うんだ。本当に私、死ぬのかな。」
「別にに限らずいずれ人は死ぬ。」
「幸せな人生を送れば送るほど、死ぬのが怖くなる。」
 自分の人生は、短い。分かっているからこそ一生懸命に自分の人生を充実させようと思い、行動してきた。結果、私は本当に幸せな人生を送る事に成功した。けれどその幸せが生み出したのは、死にたくないという未練だった。この幸せな時間が、永遠に続けばいいのにと願ってしまった。
 怖いと思いながらも、隣にどっしりと構えて私を見守ってくれる彼がいればその恐怖は半減される。
 いつだか、彼と遠くの寺院に行った時の事をふいに思い出す。茶店に入って、団子をほうばってなんとも平和なひと時だった。鈴を鳴らし、二人で無邪気に手を二度叩いて目を瞑る。私の願いは、酷く私利私欲に満ちた願いで、彼の幸せを願うという余裕がないのだから自分でも少し苦笑してしまったのを覚えている。
 静かに片目だけをこっそりと開いて彼を映し出すと、綺麗な顔で彼も何かを祈っているようだった。時期に願いを伝え終えたのか、片方の目だけ開いている私を見て彼もまた苦笑した。
「趣味か、覗きは。」
「別に。随分と熱心だなあと思って見てただけ。」
 なんてこともない、本当に穏やかなその時がどうしようもなく幸せで、何よりも愛おしかった。ずっと続くものでないと分かっているからこそ、生きている事に感謝もするし一生懸命に生きようとも思う。死と隣り合わせにいながらも、人間として終わる事のできる自分に何処かほっとした。
 今確実に、私はその役割を終えようとしているのだろう。自分の体の事は自分自身が誰よりも分かるのだから皮肉なものだ。
「天元。一緒に昼寝しよ。なんだかすごく、眠いんだ。」
「添い寝の要求か。」
「いいじゃん。ちょっと昼寝して、起きたらご飯一緒に食べよ。暑いし、素麺食べたいな。」
「へいへい。」
 ごろりと転がってきた大きな体に手を伸ばしてみると、まるで子どもでもあやすようにゴツゴツとした男らしい手が私の背中でポンポンと心地のいい音を奏でる。それが自分の心音と相まって、安心して眠りの世界へと誘っていくようだ。
 あの時、私が願ったのは私利私欲に満ちた願いだった。それは、残されゆく彼に対しての重荷でしかない、私からの束縛かもしれない。
 彼は私が死んだ後も、何十年と生きるだろう。人は時の流れと共に、多くのものを失い、そして忘れていく生き物だ。時間が解決する、という言葉がそれに該当するだろう。けれど、私はそれを望まなかった。私がこの世から消えてなくなっても、ずっと忘れずにいてほしいと願ってしまったのだから。こんな身勝手な事を願っていたとしたら、彼は呆れるだろうか。気にはなったけれど、もう今はどうでもいい。心地よく眠りへの誘いによって、瞼が重く圧し掛かる。
「おやすみ、天元。」
 彼の聞きなれた声が私と同じく眠りに誘う言葉を放って、ようやく安心して眠りへと入る。
 気づいた時には、全ての恐怖から解き放たれていた。

夢みるように窒息
( 2020'07'06 )