私は恵まれていると、周りは決まってそう言う。私自身今の生活や環境に特別不満はないのだから、本当に恵まれているのかもしれない。けれど、それを決めるのは私自身であって、周りの人間に判断されるべきものなのだろうか。
 人間、そう言われると本当にそうなのだろうかと理由を探すものだ。特に、私のように性格が歪んでいる女はより如実にそうなるのかもしれない。
 私自身、我ながら嫌な性格だと思う。自覚している分たちは悪くないのかもしれないけれど、苦しい。自覚しないで、周りにどう思われているかも気にしない無神経な我儘だったらよかったのに。何で私が鋼の彼女なのか、自分でも不思議に思う。私のような女ではなく、もっと純粋で心の優しい人の方が似合っているに決まっている。鋼と付き合っている私がそう言うのだから、間違いないだろう。
「来てたんだ、珍しいね。」
「ランク戦しに来たんだ。それに、にも随分と会ってないなと思って。」
「まるでランク戦のついでみたいだね、私。」
に会いに来たついでにランク戦しに来たって言えば、露骨で嫌だろ。」
「確かに、それは違いない。」
 鋼は、完璧な彼氏だと思う。とても誠実で、真摯に私と向き合ってくれる。配属も違う私の元へも、こうしてランク戦を理由にして定期的に会いに来てくれる。配属が違う分他の隊員と違って会える頻度も多くない分、しっかりとまめに連絡をくれる。おはようとおやすみのメッセージは、決まった時間にしっかり私のスマホに受信される。
「最近連絡なかったけど、どうかしたか?」
「うん。もうすぐランク戦だし、いくら鋼でもやっぱり連絡控えた方がいいと思って。」
「そうか。のそういうストイックなところ、俺は結構好きだよ。」
 彼は絶対に私の事を否定せず、全てを受け入れてくれようと努める。どう考えても、一週間も連絡しないのは普通ではない筈なのに、その事に対して問い詰めるようなことはしない。
「私は鋼の何でも肯定するところ、好きじゃない。」
 とても大切にされているという自覚はもちろんある。自分の事を後回しにして、いつだって鋼は私を最優先に考えて、行動する。それは私が理不尽な態度を取っても変わらず、鋼の私への対応はブレない。
「じゃあ、ランク戦って言うのはただの口実で別に理由があるって事か。」
「どうかな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」
 私たちは、喧嘩をした事がない。理由は、いつも先に必ず鋼が折れるからだ。どれだけ私が理不尽なことで怒っても、それに対して文句を言うどころか、今回の事を踏まえて今後どうすべきなのか打開策を提案してくる。それが、私にはどこか寂しかった。
「鋼はさ、何で私に怒らないの。こんな理不尽な事言ってるのに。」
 こんな意味のわからない、扱いづらい女と付き合っている必要などどこにあるのだろうか。さっさと捨ててしまえばいいのに。私がもし鋼の立場なら、間違いなくこんな女はすぐに切り捨てるだろう。
「別に怒っても何も解決しない。話し合いが大事だと思ってるからだ。」
 鋼といると、私はより一層に人間として駄目になる気がした。何でも受け止めてくれる鋼の前で、私はどんどんと嫌な人間になっていく。どうして私を嫌わず、付き合い続けているのかがわからない程に。
「噂聞いたんでしょ?それを聞きに来たんじゃないの。」
「俺は噂なんて知らないけどな。」
「そんな訳ない、いくら本部所属じゃなくても鋼の耳には入ってる筈。」
 私が他の隊員と浮気をしたというのは、ここ最近ボーダー内で知らぬ人がいないくらいのもっぱらの噂になっていた。触れてはいけないとばかりに、私を腫れ物扱いして、ここ最近は誰も私に声をかけてはこない。
「追求すればいい。その噂は本当なのかどうかって。」
「聞いてどうするんだ。」
「鋼には聞く権利があるでしょ、私の彼氏なんだから。」
 それが真実だとしても、嘘だとしても、普通は問いただすはずだ。私を責めるどころか、事実確認すら鋼はしてこない。噂を聞いていないという彼の言い分は間違いなく嘘で、私と鋼が付き合っている事は多くの隊員が知っているし、別に隠していることではない。これだけ多くの人間がいる中で、鋼がその噂を耳にしていないのは考え難い。
「追求していい事なんてない。ただ事実になるだけだ。」
 口ぶりからして、彼は全てを見通しているのだろうと思う。まるで、私が今日ここで何と言うのかも事前に理解していたような落ち着きようだ。
「俺はと別れたい訳じゃない。だから、聞かない。」
「…鋼が自分を犠牲にしてまで私と付き合ってる理由が、私には分からない。」
「簡単だよ。お前と、これから先も居たいからだろう。」
 どうして鋼は、こんな私を許してしまうんだろうか。彼は私の事を好きだと言うけれど、ならばどうしてそんなに好きである私の不貞を許してしまうのだろうか、私には甚だ理解出来ない。どうしようもなく大切にされているその一方で、私は鋼の事が分からなくて、不安になる。だから、こうして彼を試すような事をしてしまうのかもしれない。
「私だって鋼と別れたくない。ずっと、一緒に居たい。」
「なら、この話はもう終わりにしよう。」
 何も悪くない鋼は、優しくあやすように私をふわりと遠慮気味に抱きしめて、私を落ち着かせる。謝らないといけないのは私の方なのに、「不安にさせてしまったんならごめん。」とそう言って、また私を受け入れる。どうして鋼は、こんなに優しいのだろうか。何の見返りもない私に、どうしてここまで尽くしてくれるのだろうか。
「手荒れが酷いな。は不安になると、すぐにささくれ剥くから。」
 そう言って、私の手をとり、ささくれを剥いて薄らとピンク色になっている部分に絆創膏を貼っていく。こんなにも私を大切にしてくれる人は、後にも先にもきっと鋼だけだろうと思うし、私自身のそんな鋼が大好きなのに、どこか物足りなさを感じてしまうのは何故なのだろうか。
 鋼が私を好きと思ってくれる気持ちと、私が鋼を好きな気持ちに相違はない筈なのに、どうしてこうも噛み合わないのだろうか。何よりも誰よりも大切にされているという事実がどうしようもなく嬉しくて、私も彼を大切にしたいとそう思うのに、出来ないのは何故だろうか。鋼が好きと思えば思う程、鋼に大切にされる程、私は自分が嫌な人間になっていくようで気が狂いそうになる。
「鋼がすぐに来てくれないからだよ。」
「そうか。それはすまない。」
 こんなに好きなのに、きっと私たちはこの関係を長く続ける事は出来ない。こんな関係性は、いつか間違いなく破綻する。どうすれば正しい関係性になれるのか、その答えがあるなら知りたいと思いながらも、そんなものはないのだろうとも思う。
「鋼、そこは怒るところ。」
「なるほど。次回までに覚えておこう。」
 お互い、私たちの付き合いが有限である事をどこか予期しながらも、それでも私たちはお互いに必要として、そして今日もこうして恋人関係を続けていく。終わりに向かって、進んでいくのだ。


絶望のさなかの幸福
( 2022'01'10 )