![]() 十勝帯広豚丼、海鮮丼、ジンギスカン、カニ、生でも美味しいイカ、スープカレー……エトセトラ、あとはキンキンに冷えたクラシックラガー。北海道の名産品の話だ。食べたい物が多すぎて目移りして中々メニューが決まらない程、北海道フェアはとても魅力的という事だ。 「なに食べたいの?」 「え〜〜、十勝帯広豚丼も気になるし、でも北海道を味わうならやっぱりカニも捨てがたい……全部乗せの海鮮丼がいいかな?」 「欲望ダダ漏れじゃん。」 「そう言うリョータはどれにするの?」 広いブースに出店されている店を右に左にと目がまわる勢いで見ている私とは違って、リョータはとても落ち着いている。出したものは何でも美味しいと言って食べてくれるけど、そう言えばリョータの好物を私はよく知らない。 「はどれで迷ってんの?」 「全部。」 「せめて二択にしなよ。」 「え〜、じゃあ海鮮丼か十勝帯広豚丼かな。」 「じゃあ俺海鮮丼にする。」 そう言ってリョータは私の手をパッと離すと海鮮丼のブースの方へとスタスタ歩いて行く。両腕にかかっている大量のショッパー(全て私の為に彼が勝手に買った私へのプレゼント)にも改めて驚いたけど、それ以上に驚いた事があった。 リョータの事だから、てっきり私と同じものを選ぶんじゃないかと思っていたのだ。きっと同じ物を一緒に共有したがるんじゃないかって。それがいともあっさり、スタスタと進んでいくので何だか拍子が抜けた。 私も十勝帯広豚丼のブースの列に並び、肉がしっかりと敷き詰まった食べる前から美味しいと分かるそれを手に持って幸せを噛み締める。美味しいものには糖質が多い。きっと明日以降の私が頑張ってくれると信じている。 「、席こっち。」 「あ、うん。ありがと。」 うきうきした気持ちで席に付くと、珍しく冷静で落ち着いた表情をしたリョータが両手を合わせて「いただきます」と礼儀正しさを見せてから割り箸を真っ二つに割る。どの具材から食べるのだろうかと見ていれば、たくさん敷詰められている宝石箱のような海鮮丼から小皿に取り分けるように具材を半分乗せていく。 「リョータなにしてるの、それ。」 「だってこれ食べたかったんでしょ?」 「ん?そ、そうだけど…?」 中々展開が読みきれていない間に、綺麗に半分具材が乗っかった小皿は私の十勝帯広豚丼の隣にスッと置かれて、彼は当然のように隙間の目立つその海鮮丼に箸をつけ始めた。 「くれるの?」 「うん、が食べたそうだからこれにしたし。」 「そ、そっか……そうなんだ。」 「ん?なんか変なの?」 「………ううん、ありがと。」 想像の斜め上を行く理由で驚いた。自分が食べたいと思うものではなく、私が食べたくて選びきれなかった物を食べる事で私に両方の選択肢を与えてくれたという事なのだから。人間の三大欲求の一つに数えられる“食”を前にしてなんと大人な考え方が出来るのだろうかとその優しさに少しばかり感動した。 しかしながら彼の“欲”は一つに集中しすぎているが故に、残る睡眠欲と食欲には余裕があるのかもしれないと考えると何だか妙にしっくりきた。 「どう、美味しい?」 「うん、まあ普通にうまい。」 「特別感のない感想。」 「だってが昨日作ってくれたやつのが美味いし。」 そしてパクパクと海鮮丼を食べ進めながら、平然とした顔でこんな事をケロッと言ってのけるのでどうかしている。少なくとも私が高校時代に付き合っていた時の彼はこんな事を何食わぬ顔で言える男ではなかった筈だが……アメリカとは一体何なのか? 「こっちも食べますか?」 「いいよ、が食べなよ。残ったら食うから。」 「そうですか……」 彼女に甘いとか過保護とか、なんかもうそんな次元を超えている気がしてならない。リョータが平然としている分、私の方がダメージを喰っている。それを聞いている私が誰よりも一番恥ずかしくなっているのだから。 「今日の晩御飯は?」 「お昼食べながら晩御飯の事聞くの斬新だね?」 「の手料理楽しみじゃん。」 「は、はあ……そうですか、それは光栄です。」 リョータは早々にペロリと海鮮丼を平らげて、早くも暇そうで落ち着きがない。今の時代スマートフォンというとても便利な物があるのに、彼はあまりそれを見ない。私が五分以上画面を見ていると当然の事ながらとても機嫌が悪くなるし、「ねえ」と苛立った声が耳に入ることになる。 「リョータは何が好きなの?」 「え、別に何でも。の作るの全部美味いし。」 「そういう答えを聞いてるんじゃないんだけどな。」 「じゃあなに?」 「……なんでもない。」 きっと手持ち無沙汰なんだろうと思う。私の指に嵌っているシルバーリングを豚丼の乗っているトレイを超えていじいじと触っている。これはこの間リョータから貰ったものだ。もちろん今日のように、突然リョータの思いつきで買ってきた急すぎるプレゼントだ。 このシルバーリングの使い方ってそういう事だったのだろうか? 肘をついてぼうっとしているのかと思えば、私のリングをこうして右に左にと回して暇を潰している。付き合っている恋人同士とは言っても、外出先であまりにも距離感が近すぎないだろうか。有名人の自覚があると言っていたあの言葉は私の幻聴だろうか。 「これ食べたら帰る?」 「帰りたいの?」 「そろそろ家でゆっくりしてもいい時間じゃん。」 「……ゆっくりねえ。」 ゆっくりしたい程疲労しているようにも見えないし、そもそもリョータの口から疲れたという言葉をそう言えば聞いた事があっただろうか。よく考えればある筈もない、体力のお化けなので疲れ知らずに違いない。 ゆっくり何をするつもりなのかを考えると、もう少しショッピングなりカフェ巡りなり継続した方が私としてはゆっくり出来るかもしれない。 「明日仕事だし帰った方がいいんじゃん?」 まるで私の為にと言わんばかりだけれど、もう手持ち無沙汰がすぎてリングから私の指先を触って絡ませ始めてきたので本当に帰った方がいいかもしれない。こんな所が週刊誌に取られたらたまったものではない。 「……これ食べたらね。」 私が帰ることに否定をしなかったからか、「ゆっくり食べていいよ」なんて事を言ってきたので何だか負けたような気がする。 結局リョータの要望に応える形で、私たちは帰路へ着く。デパートの最上階で行われていた北海道の祭典からゆっくりエスカレーターで降りていく最中、彼は私の一歩前のステップを踏んで、そして階が変わる毎にこちらを向いてくる……何の監視ですか? 突っ込みを入れたい所ではあったけど、リョータとの共同生活は突っ込み始めたら本当にキリがなくて、どこぞのお笑いスクールに入門しないといけないレベルの突っ込みの多さになるのでグッとそれを堪える。 何とか突っ込みを堪えて向かった新宿駅のホームまで辿り着く。 三分に一本の早いペースでやってくる電車に乗り込んで、ちょうど人がごっそり降りた車両に当たって一番角の席に座る事ができた。 日曜日という事もあって、周りには家族連れが多い。リョータは私の隣に座る事なく、私の真正面に立ち塞がるように吊り革を握っている。両腕には大量のショッパーをぶら下げ、そして吊り革に掴まりながらも私の方へと体勢を落とすように距離感を保っていた。 「あのさ……」 「ん?」 「目立つから普通に吊り革持って立ってくれる?」 何が?という顔をしているけれど、ご自身の体型を考えて下さい。掴むというよりはぶら下がるに近いその腕は袖がついているシャツの上からでもミチィと音を立てそうな程に筋張っていて、そして普通にデカい。袖が邪魔とでも言わんばかりにパンパンになっているこの上腕二頭筋……普通じゃないのでとても目立つ。 「なんか今日要求多くない?」 「そんな事はない。」 両腕から大量のショッパーをかけているだけでも実際相当目立つ。もちろんリョータ自身も目立つけれど、多分私も同じくらい目立っているに違いない。随分と男に金を使わせている女だと、そんな目で見られているような気がして。 「疲れたでしょ?今日は俺が皿洗うから。」 また家事を手伝った褒美と言って何かを求めてくるリョータの姿までセットで脳裏に浮かんだけれど、今日は本当にお願いすることになりそうだ。そして、そんな休日は決して私にとって悪くない。 遠距離をしていた分、その長年積もり積もった愛情を惜しむ事なく私に注いでくれているのかと思うと、私の知らない間にムキムキに育ったその二の腕すらも何だか愛おしく思えてきたのでやっぱり私は疲れているらしい。
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