ⅳ.不透明な欲張り(R18)


 勢い任せに色々と進めてみたけど、本当に分からない。
 キスして、寝巻きのシャツの中に手を忍ばせたら、小さく声をあげたの体が弧を描くようにしなって、今から未知のことが始まるんだとそんな事を思った。シャツを上に捲し上げると、特別拒絶されることもなくブラジャーのホックに手をかけた。
「……あんまり見ないで。」
 下着を外して、そのままの彼女の姿を視界に映す。想像以上に感情の維持が困難でしかない。見ないでと言われた分だけ、見たくなると言うのは人間の心理なんじゃないだろうか。目が離せない。
「……んっ、」
 初めて見るその頂きに舌を沿わせると、それに反応するように望んでいた彼女の声が響いた。そんな声を聞いたらまるで自制なんて効かなくて、左手でそれを押し込みぐりぐりとなぞると、右側はべっとりと舌で舐め取りながら吸い上げていく。
「……っあ、ぁ、ん……」
「いや?」
「……ううん。」
 寝巻きに貸した俺のシャツを着た彼女の布を全部取っ払って、まじまじと見ると普段しないような顔をしていて、この表情を見られるのが世界で俺一人だと思うと独占欲にゾクゾクする。手の形にフィットする柔らかいそれを舌先で遊ばせてから、そのまま辿るように上に上がって脇の底に舌を沿わせた。
「……あぁ!」
 涙目になっているのがあまりに可愛すぎて、つい自制心を失ってしまう。脇を舐めると随分と甘い声が出て、もう少し上に登って耳たぶを貪るように口に含むとそのまま、ぬちっと音をさせながら耳の穴の中に舌を捩じ込んだ。
「……きもち?」
「は、恥ずかしい……、」
「嫌じゃないって事?」
「…………」
 言葉では返してくれなかったけど、手をぎゅっと握り返してくれた。本当は言葉で全部聞きたいけど、でもそれは贅沢なのかもしれない。こんなにも愛しいと思う気持ちと、それを形にできている現状があまりにも俺にとっては幸せなんだから。
「どうして欲しい?」
 多分これから怖い思いをするのは俺じゃなく彼女だろうから、だから出来る限り彼女の意向に添いたいとそう思った。もう後戻りはできないし、このまま進んでいくしかないから。
「……キス、したい。」
 嬉しい以外の言葉で表現できないその要望を受けて、彼女の唇を貪るように奪っていく。両手で指の隙間を埋めるように手を握って、空気すら紛れ込ませないようにべっとりと口を塞いでみる。何にも邪魔されないように、密閉しながら。
「……ん……んっ、……」
 繰り返すように唇を重ねて、徐々に右手を移行させていく。そうっと恐る恐る伝っていった先、彼女の顔を見ながら同意を得るように下着を脱がせると背筋が凍るような緊張感が走り抜けた。
「……痛い?」
 体はとても強張っていて、緊張が走っている。初めて触れた部分は想像以上に乾いていて、俺の指を簡単には受け入れてくれない。痛いかどうか聞いておきながら、そんな質問は愚問だったなとそう思う。痛くない筈がないからだ。彼女のその表情がそれを物語っている。
 中指一本でも異物でしかないのに、これからどう進めていけばいいのだろうか。彼女の事を壊してしまいそうな気がして、怖くなる。でもその一方で、どうしようもなく己の中で突き上げてくる衝動が戦慄する。
「…あ、や、やだ…!」
「大丈夫だから。」
「……やだ、」
「痛くしたくないから……お願い。」
 太ももを持ち上げて、その中心部に舌を伸ばすと甘くて少し苦いそんな味が広がった。唾液を広げるようにびちゃびちゃと液体を広げて、右手の人差し指と中指で中心部を広げるように横へと広げる。
 その頂きを啄むように吸い付くと甘い声が漏れて、じんわり味が広がっていく。丸く形成されている突起に舌を立てて跳ね上げると、どんどんとその形がはっきりしてきて潤いを増していった。
「…ぁあ、やっ、あ、あ…」
「………かわい。」
 付き合って半年以上経って、甘えられた事だってほとんどない。そもそも甘えるのも得意じゃないみたいだし、高校の時からどっちかっていうとサバサバしててそんな想像ができなかったのかもしれない。想像出来なかった分、この現実のインパクトがあまりに大きすぎる。
 節度とか、ガッついたらカッコ悪いとか、当初思ってた自分なんて今はどこにも居ない。後悔するような気がしながらも、もう後戻りができない状況だ。普段聞き慣れないそんな声に冷静でいられる筈もなくて、それが自分を求められてるように思うと反応の良いところを探してしまう。
 舌を平な状態に広げて舐め上げてから吸い上げてみると明らかに声色が変わって、もう一度同じように下からゆっくりと口に含んで柔らかく吸い上げる。彼女自身が自分の状態を理解しきれていないような、そんな感じに見えた。
「……え?あ……ゃ、ぁあ!」
 余韻のある声が小さいながらにはっきりと主張した後、挿れたまま動かしていなかった中指に絡みつくようにゆっくりと筋肉の収縮する感覚が纏った。
「もしかして今イッたの?」
 唇を離すと、粘度の高い糸が口から先に伸びていて、明らかにさっきまでと状況が違う。
 その質問に対しての答えは暫く待っても耳に入ってこない。冷静に周りが見えていたら、この質問があまりに恥ずかしく答えづらい事くらい簡単に分かるのに。冷静どころか、そんな事を配慮する余裕すら俺にはない。
「……今の気持ちよかった?」
 ほとんどさっきと質問が変わってない事に気がついて、今度は質問を変えてみる。
「もう一回しても平気なやつ?」
「だ、だめ!」
 今度はやたらと返事が早い。間髪入れずに被せてくるように言われてしまった……やっぱりちゃんと確認しないと分からないもんらしい。それともこの嫌は本当は大丈夫なやつ?どうしようマジで分かんない。
「気持ち良くなかった?」
 分からないから聞くしかなくて、聞くと返事は貰えない。もう一回してもいいか確認すると、俺の髪にめり込む勢いで静止させるように両手が飛んでくる。誰かこの場合の正解教えてくれないかな。
「……そんなの聞かないでよ。」
「えっと、ごめん……」
 はたまに平気なふりをするから、だから心配になる。多分さっきも痛かったのは分かってたけど痛いって言ってくる事はなかったし、体が強張ってなかったら分からなかった。
 どう考えても怖かった筈なのに、自分に経験がないから面倒なんじゃないかって俺の事を考えてくるだから。出来るだけ恐怖や痛みからは遠ざけたかったし、そう言ってくれた気持ちを何よりも大切にしたいと思った。
「でも、俺だって初めてだから。」
 どうしたらいいかとか、何が良くて駄目なのかとか、どうして欲しいのかとか……まるで分からない。本当はもっとちゃんとリードして、余裕のある自分でいたかった。
 でも自分が本心を曝け出せる相手なんてそう多くはない。多くないからこそ、ちゃんと向き合って俺の事もしっかりと知って欲しい。いつも自分自身から逃げ出していた俺にもしっかりと向き合いたいと、そう思ったから。
「ごめん、カッコつかなくて。」
 ずっと自分に自信が持てなくて、自分を認められなかった。本当の自分を見られるのが恥ずかしくて、いつも怖かった。
 初めて気持ちが通じてが彼女になった時、もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめようと思った。少し前の覚悟を記憶から引っ張り出してくる。相手も自分と同じ気持ちでいる事に確証を持てた事なんて今までにはなかったから。だからもうそんな必要はない。
「本当に分かんないし……でも俺だけが良くても意味ないから。だから、全部教えて欲しい。」
 心の内側を人に見せる事が苦手だった。隠せるものならずっと隠しておきたいと思ってた。だからこそこうして俺自身を曝け出せる人間は多くはいらなくて、ほんの一握りで構わない。その一握りに彼女がいてくれたら、それだけでいいと思えるから。
「……さっき自分が言った事覚えてる?」
「ん、俺?」
「そう、宮城が言ったんでしょ。」
 ずっと恋人という存在に憧れていた。でもそれは“恋”に憧れて手に入れるものなんかじゃない。今ならそれが分かるような気がした。恋人になったから通じ合えるんじゃなくて、通じ合えた先にしかその存在が成立しないってこと。
「……私だって嬉しいに決まってる。」
 そして、その相手はじゃなきゃ成立しないってことをまざまざと思い知らされた。
「しんど……」
「ん?」
 余裕のない自分を一度曝け出すと今度は止まらなくなるらしい。今まで自分の本心や奥底の感情を押し殺して生きてきたのに、タガが外れたように一気にこぼれ落ちていく。ダサいとか、カッコつけたいとか、もうそういう次元とは違う領域に達していた。
「……好きが止まんない。」
 初めてレギュラーに選ばれた試合を放り出して日本に帰る彼女を見送った日も、彼女を日本に見送ってから自覚したこの気持ちを確認すべく追いかけるように日本へ帰った日も、付き合ってから半年ぶりにようやく会えたあの日も。
「俺、やっぱりの事が好きだ。」
「と、とつぜん……」
「今言っとかないとまた言えなくなりそうな気がしたから。」
「……そんなもん?」
「でも今言ったからいつでも言えそうな気する。」
 その言葉はいつも喉を出て舌の上まで乗っかっていたのに、あと少しのところで尻込みして出てこない。もうここまで言えば分かるだろうって、そんな独りよがりな事を思ってた。たった二文字が他のどの言葉よりも口にするのが難しくて、そして本当はどうしようもなく伝えたかった言葉だった。
「好き、」
 一度言ってしまえばしっくりとするこの感じに、何の抵抗もなくなるから不思議なものだと思う。囚われたように、その二文字を伝えたくて仕方がない。
、」
「……なに。」
「日本に帰したくないくらい好き。」
 今まで言えなかった分、“好き”が溜まっているのかもしれない。何度口にしても足りない気がして、どうしたらうまく伝わるのかもどかしくて堪らない。この二文字に俺の感情が全部表現されている気がしなくて、でもどうしても伝えたくて同じ言葉を繰り返す事しか出来ない。
「過去も未来も宮城が好き。」
 俺の方が好きを口にした数は圧倒的に多い筈なのに、それでも彼女のその言葉はとても力を持っている。同じ言葉なのにどうしようもなく心臓を抉られるようなあの感覚に似ていて、けれども何度でも、いつでも聞きたくなる言葉だ。中々聞けないからこそ、尚のことなのかもしれない。
「……今が抜けてる。」
「今は一番好き。」
 短い言葉なのに、こうもパワーがあるものなんだろうか。逆に短いからこそそう思うのかもしれない。その言葉は今の俺にとって一番欲しい言葉に違いなくて、多分未来の俺が嫉妬する言葉だ。でも、そんな事を全部引っくるめてどうしようもなく苦しい。そして、狂おしいほどに愛おしい。
「……日本帰った時も言ったけど、」
 彼女が俺の元を、アメリカを旅立ってから何度も夢に見た。目が覚めるたびにそれが現実なのか夢なのか分からなくなって、どんどんと存在が大きく膨れ上がった。  本当は空港に見送りに行ったあの日から自分の気持ちなんて分かっていた。それを認める事で色んな事が崩れていきそうな気がして、気づいていないふりをした。俺が誰を好きなのかとか、じゃあその気持ちはどこ行ったんだとか、そもそもその感情が正しかった時俺に何ができるんだとか、どう足掻いても上手くいかないんじゃないかとかそんな弱気な事を考えていた。
「会えないのもしんどいけど、会ったら会ったでもう一生手放せなくなるんじゃないかって……正直怖い。」
 心の内側に溜め込んでいた感情を言葉に出来たところで結局俺は尻込みばっかりだ。を知る度に手放し難くなって、そして閉じ込めたくなる。帰らないで欲しいって、言ったところで何も変わらない未来を受け入れられる気がしなくて怖い。
「また来るよ。」
「…………」
「沢山バイトして会いにくる。」
 好きが募るほど、不安も募る。俺の目の届かないところにいるの事が今想像しただけでも心配で、堪らなくなる。もう余裕のなさを隠そうと思う気持ちすらなくなって、少なくとも今だけは俺が独占してるとそう言い聞かせる。
「……バイト先で変な男に掴まるなよ。」
「掴まらないから。」
「そんなの分かんないじゃん……」
「分かってるんだよ、宮城。」
 何だかが妙に落ち着いているように見えてそわそわする。平気なふりしてるつもりだけど、多分全然平気なふりなんて出来てない俺と違って、いつもには余裕が見える気がして時々不安になる。必死になっているのが、自分だけなんじゃないかって。
「だって私の初恋、宮城だし。」
「……え?」
「ついこの間まで一生叶うことがないって思ってた恋だったから……誰に邪魔されても、六千三百三マイル離れてても、変な男に邪魔させる訳ない。」
 と付き合う事になって、なんとなく同じ気持ちでいてくれてるんだろうとは思ってた。俺がアヤちゃんに見せる特別な表情が好きだったとは聞いてはいたけど、そんな感情の含まれた好きだとは思っても見なかった。想像と違う答えに一度頭が真っ白になって、よく分かんなくなって、でもって最高の幸せを手に入れた事を理解した。
「……、」
「だから……ちゃんと宮城の彼女になったって確証が欲しい。」
 とても遠回しな言葉だけど、ちゃんと彼女の意思が宿った言葉のように聞こえた。このまま先に進んでもいいって事だと認識した時、どう考えても甘え下手なの方から強請るように唇が引っ付いて、もう一度俺たちはシーツを揺らしながらベッドへと沈んでいった。



ⅴ.涙に星がはじける