頭が真っ白になるって言葉があるけど、表現としてとても適切だと今この瞬間そう思う。 落ち着いて……そんな事ができる状況でもなければ、一旦冷静になろうという思考にすらならない。あんな事を言われて冷静でいられる男がいるなら、それはきっと恋じゃない。冷静になれない自分を感じながら、目の前の存在が如何に俺の内側に入り込んでいたのかを自覚させられる。 「……ほんとにいいの?」 こくりと一度だけ頷いて、声は聞こえなかった。それだけも余裕がない事がそこから読み取れて、なんとも表現し難い胸の苦しさを感じて手が止まる。 「無理だったらちゃんと止めるから……だから我慢しないで言って。」 どうしたらいいのか、どうするのが最善なのか。ある程度の知識はあっても、経験がない事は手探りで進んでいくしかない。恐怖もあるし、隠しきれない期待もある。結局、頭の中の大部分を占めているのは自分のことよりもの事だ。 なんて表現するのが正しいのか、正直よく分からない。 傷つけたくないと、そんな事を思う。物理的に完全にそれを回避する事はできないのかもしれない。だからこそ、自分にその経験がない事を歯痒く思った。何が正解で、不正解か俺には分からないから。 一度床に転がったその箱はあえて意識をさせない為に、テレビ棚の端の方に置いていた。彼女の体を跨いでベッドから降りるとその箱を手に持って、テラテラと光るパッケージの凹凸に引っ掛けて中身を取り出していく。 「……あんま見ないで。」 「さっき宮城もいっぱい見てた。」 「こんなん見たってしょうがないでしょ。」 「………」 薄暗いこの環境にも段々と目が慣れてくるもので、しっかりとお互いの姿が見えるこの状況に妙な気持ちになる。は少し驚いた顔をしてまじまじとこっちを見ていて、指で添えたゴムを下に下げていくだけなのに妙にもたついて余計恥ずかしくなった。 「……見ない方が多分楽だから。」 冷静を装っているけどずっと一点を見つめるようにの視線がそこから離れない。まあでも、気持ちは分からなくもない。自分の中に入ってくるものが得体の知れないものだと怖いだろうし、見たら見たでイメージが先行して色々考える事もあるだろう。 「こんな感じなんだ………」 「やめとく?」 「……ううん、」 根元まで下ろしきって、その視線を塞ぐように胸の形に手を添えてもう一度その頂きをそっと吸ってみると小さく甘い声が漏れたのを確認して、そっと体のラインをなぞる様に下腹部へと滑らせていく。 しっかりと受け入れる準備がされていた筈の場所はさっきと比較しても明らかに乾いていて、彼女の緊張が伝わってくる。 「挿れるよ。」 ゴムの周りに付いた滑りを付けるようになぞりながら、彼女の足を両肩に預けて左右の親指を使いながらそれを広げてからゆっくりと押し進める。 「あっ!」 明らかにさっきまでと違うその声に、心が痛い。どう考えても異物が入ってる状態だ。痛いに決まってる。筋肉が強張った様に収縮して、思うように先に進まない。 「……もうちょっと力抜ける?」 言いながら、出来るなら最初からやってるよなと思って正解がわからなくなる。強張っている体は一向に緩まることはなくて、ぎゅっと固く瞑られた彼女の目が現状を物語っていた。 「やっぱ今日はやめとこ?」 「……それはいや、」 「え?」 想像もしていない言葉が耳を通り抜けて面食らった。どう考えても今の時点でかなりの痛みを伴っているのは俺の目から見ても明らかなのに、こんな言葉が返ってくるとは思ってもみない。 「今の時点でも痛いんでしょ?ちゃんと時間かけてこれからゆっくり、」 「……ゆっくりしてる時間ないでしょ?」 「でも我慢とか痛い思いさせてまでしたい訳じゃないから……」 日本に俺がいて、あるいはがアメリカにいればそうやって時間をかけてやっていくのになんの支障もない。でも彼女が言うようにもう数日後には俺たちは少なくとも半年は会えないだろうし、会えたとしてもまた限定的な短い時間だけだ。 「だからだよ。」 「え?」 「今やめたらもう怖くて出来なくなっちゃう……宮城の事拒みたくないから。だからちゃんと最後までしたい。」 今日はの言葉一つ一つが氷柱のように突き刺さってばっかりだ。必死に俺を受け入れてくれようとしてるその事実だけでも表現し難い感情に苛まれるのに、今日は言葉でも俺を潰しにかかってくる。勝てる訳がない。 「ほんとに平気?」 「……わかんない。」 「じゃあ……後悔はしない?」 「しないよ。」 俺もその言葉で覚悟が決まる。もう大丈夫?とは聞かない。多分大丈夫な訳はないし、大丈夫じゃなくてもなら大丈夫って言うだろうから。嘘を言わせるくらいなら、聞かなければいい。それが彼女の覚悟なら、俺もそれを拒みたくはない。 「……っ、」 ゆっくりともう一度中を探るように進めていく。シーツをぎゅっと握りしめた彼女の手を拾い上げて、回すように俺の体に巻きつけた。 「爪、立ててもいいから。」 進んでいく毎に体へ食い込むその感触が、俺を必要とされているようなそんな気になって心が軽くなる。 瞼からうっすらと光るその一筋を吸いとって、動きは止めたままもう一度唇を絡めとる。少しでも今集中してしまっている意識を分散させるように、指を使って彼女の口を開かせてから捩じ込むように舌で塞ぎ込んでいく。 「…………」 彼女の方からも呼応するように少しだけ絡みついたかと思えば、するりと自然な形で奥まで進んでいく。さっきももしかしたらと思ったけど、改めてその疑念が確信に変わって心臓が壊れるんじゃないかってくらい胸が苦しい。 多分……間違いなくはキスが好きらしい。 強張った体の力が徐々に抜けて、唇を啄んだ分だけしっかりと俺を受け入れるように先へと進んでいく。そんな事実があまりにも可愛くて愛おしくて仕方がない。 あともう少しというところで、息を塞ぐように啄むと息苦しそうな声が漏れる。ちょうど意識をそっちに持っていかれてる時に最奥まで達して、俺を受け入れた。 「全部入ったよ。」 本当に意識を分散させたからなのか、自身も驚いてるようだ。 「……ゆっくりするから、」 あえて確認は取らずに、言葉の通りゆっくり動かしていく。今まで感じた事のない感覚に溺れそうになって、その初めての感覚が彼女から生み出されるものだと思うとたまらない気持ちになる。 「っあ、………ん、」 心苦しいのはまだ痛みが勝っているのが感じ取れるからで、どうするのが正解かを冷静になり切らない頭で考える。結局冷静じゃない頭で新しい事なんて考えられる筈もなくて、馬鹿の一つ覚えみたいにもう一回キスをする。 キスを重ねているうちにまたじんわりと水気が増して上下の運動がスムーズになっていく。さっきも確信したけど、やっぱり間違いない………だとすれば可愛すぎてどうしようもない。 「……ん……、宮城……」 「どしたの?」 「………すき。」 顔つき、表情も変わってきたのが目にとれて、そんな事を言われたんじゃもうたまったもんじゃない。いつもよりも甘ったるい声と、言葉。それだけでもう既に心も限界なのに、物理的な体への刺激も相まって正直すぐにどうとでもなれる感覚だ。 「………宮城、は?」 背中に時折食い込んでいたその感覚は消えて、俺の首筋にぶら下がるように両腕を回してる彼女はいつになく色っぽくて、目に焼き付けても足りないくらいに愛おしい。ずっと隙間なく好きを紡いでいたいのに、それが適わない俺に追い打ちをかけるように波を打ちつけてくる。 「……好きだよ。」 「そ?」 「当たり前だろ、そんなん。」 言葉にするともっと気持ちが加速して、本当にどうしようもない気持ちになるしどうしていいのかも分からなくなる。頭の中が好きで埋まっていくと、最終的にまた真っ白になるから状況はずっとこの繰り返しだ。好きが募ると、取り敢えず本当に自分で自分がよく分からなくなるらしい。 の表情を見て、少し腰を引いてから突き上げるようにするとぞくぞくっと小さく震えて、また俺の背中に腕が巻き付いた。言動の一つ一つがいちいち突き刺さるような攻撃力を持っていて、まるで余裕は生まれない。 「……もしかして気持ちいい?」 すぐに返事は返ってこなくて、引き寄せるように背中に回っていた腕が俺を巻き込むように抱きしめる。バランスを崩して起き上がってから確認するように彼女の顔を見ると、さっきと比較しても表情が柔らかい。 もう一度キスをしてからゆるゆると擦り付けるように奥を探って腰を動かすと、また小さく漏れ出すような甘美で高い声が耳元でよく響く。 「俺はすげーイイ……」 聴覚──普段聞きなれないその声も、視覚──その一振りでなんとも言えない表情を纏うその顔も、感覚──しっかりと彼女を感じる事ができる俺しか知らなくて俺だけが知ってるこの感じも、全ての独占欲が満たされていく。 曝け出す恥ずかしさなんてとっくの前になくなっていて、寧ろこの感情の全てを言葉にして伝えられたらいいのにってそう思う。伝えきれないのがもどかしくて、ちゃんとこうしてしっかり形として繋がっているのにまだ足りないような気がする。満たされる一方で、どんどんと飢えたように貪欲になるから不思議だ。 「………それ、」 「ん?」 「い、いまの……あっ…ぁ、」 「これがイイの?」 腰を引いて押し戻す時に気持ち上を擦るようにすると控えめながらも甘美な声が出て、静かにコクっと小さく首を縦に振った。男って想像以上に単純な生き物だと思う。たった一つでも、俺のしている事で良くなってるならそれ以上嬉しい事も多分ないだろうから。 「押さないで……っ、」 「でもぎゅって締めてくるよ?」 「ぁあっ、あ……」 右手で少し圧を加えながら下腹を押さえつけると僅かにポコポコと表面が揺れていて、その動きに合わせて絡め取られそうになる収縮で俺を受け入れている。 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。もう既に何度か限界を感じていたけど、多分本当の限界が来てるような気がする。 「ねえ………」 「……ん?」 「気持ち良すぎてイきそうなんだけど……イってもいい?」 聞いておいてなんだけど、多分どんな返事が来たところで止められる気がしない。そう思わせるのは、自身がちゃんと俺を受け入れて同じ気持ちでいてくれてる事を確信できたからなのかもしれない。 また小さく頷いてサインをくれた彼女に、最後に一度だけキスを落としてから未だかつて感じた事のない充足感に包まれた。それはまるで、足りなかったものが満たされたようなそんな感覚に近かったのかもしれない。 ⅵ.偏愛レトリック |